前回|猫の手作り食で過剰ピーク回避|総合栄養食より優れる理由と実践法
見えない欠乏症のパラドックス
総合栄養食のパッケージには「完全栄養」「全ての必須栄養素を含有」と記載されている。理論上、欠乏症は起こり得ないはずだ。
しかし現実は違う。
総合栄養食を食べている猫に、原因不明の皮膚炎、被毛の退色、免疫力低下が見られることがある。血液検査は「正常」。でも何かがおかしい。
答えは単純だ。含有量と吸収量は別物。30種類の栄養素が同時に小腸に到達すれば、吸収の場所取り合戦が起きる。結果、「入っているのに吸収されない」栄養素が生まれる。
これが見えない欠乏の仕組みかもしれない。
1:小腸で起きる栄養素の椅子取りゲーム
ミネラルが通る「入り口」の話
小腸には、ミネラルを取り込む専用の「入り口」がいくつかある。
- 鉄の入り口:主に鉄専用だが、マンガンやコバルトも通る
- 亜鉛の入り口:亜鉛専用の通路
- 銅の入り口:銅専用の通路
ただし、これらの入り口は完全に独立しているわけではない。高濃度の鉄があると、亜鉛の吸収を邪魔することがある。逆に、大量の亜鉛が銅の利用を妨げることもある¹。
競合が起きやすい条件
ミネラルの相互干渉が強まるとき:
- 濃度が高い(総合栄養食のように濃縮されている)
- 同時に到達する(プレミックスで一括添加)
- 水分が少ない(ドライフード)
食材に自然に含まれるミネラルなら、この干渉は比較的穏やか。しかし、人工的に添加されたミネラルが高濃度で同時に来ると、激しい競合が起きる²。
実際のフードに含まれるミネラル量
市販キャットフード112製品の分析³によると、鉄・亜鉛・銅の含有量は製品によって最大7倍も違う。
数字はあくまで参考。重要なのは、「同じ総合栄養食でも製品ごとに大きな差がある」という事実。この大きなバラつきが、予測できない「ピーク」を作る原因となる。
2:血液検査で見つからない理由
動物病院の一般的な検査では測れない
通常の血液検査で分かること:
- 赤血球の数(貧血の有無)
- 肝臓・腎臓の機能
- 血糖値
- 主要な電解質(ナトリウム、カリウムなど)
分からないこと:
- 亜鉛の血中濃度
- 銅の血中濃度
- 鉄の貯蔵量
なぜ測らないのか
特殊な検査で費用も時間もかかるため、ほとんど行われない⁴。明確な症状がない限り、これらの検査をする機会はまずない。
3:気づかれにくい欠乏のサイン
こんな症状、ありませんか?
亜鉛不足のサイン:
- 毛がパサパサ、艶がない
- 肉球がカサカサ、ひび割れ
- 傷の治りが遅い
- よく風邪をひく(免疫力低下)
- 子猫の成長が遅い
銅不足のサイン:
- 黒い毛が茶色っぽくなる
- 毛が縮れる、うねる
- 元気がない、疲れやすい
- 貧血(鉄不足と間違われやすい)
これらは「体質」「老化」「季節の変わり目」で片付けられがち。でも実は、ミネラルバランスの崩れが原因かもしれない。
こんな報告もある
皮膚炎が治らない猫
- 高級フードだけを食べていた
- 慢性的な皮膚炎で通院を繰り返す
- 特殊検査で亜鉛不足が判明したケース
毛色が変わった猫
- 真っ黒だった毛が茶色に
- 検査で銅不足が判明
- 食事改善で改善したという報告
4:体内で起きる複雑な仕組み
亜鉛が多すぎると銅が使えなくなる
体内には「金属を捕まえるタンパク質」がある。これは本来、余分な金属を処理するための仕組みだ。
しかし、亜鉛を大量に摂ると⁵:
- このタンパク質が増える
- 銅も一緒に捕まえてしまう
- 銅が体内にあるのに使えない状態に
- 結果的に銅不足の症状が出る
人の病気治療でも、この仕組みが利用されることがある。
見かけと実態のギャップ
| 状態 | 体内の銅 | 使える銅 | 症状 |
|---|---|---|---|
| 正常 | 適量 | 適量 | なし |
| 真の欠乏 | 少ない | 少ない | あり |
| 機能的欠乏 | 十分ある | 使えない | あり |
総合栄養食では、この「機能的欠乏」が起きやすい。
5:獣医師も気づきにくい現実
栄養学教育の現状
獣医学生への調査⁶によると、微量ミネラルの相互作用まで学ぶ機会は少ない。多くの獣医師は「総合栄養食なら大丈夫」と考えており、隠れた欠乏症の可能性を考慮しないことが多い。
よくある誤診パターン
| 本当の原因 | 誤診されやすい病名 | 結果 |
|---|---|---|
| 亜鉛欠乏の皮膚炎 | アレルギー性皮膚炎 | ステロイドで一時改善→再発 |
| 銅欠乏の貧血 | 鉄欠乏性貧血 | 鉄剤投与→悪化 |
| ミネラル不均衡 | 原因不明の体調不良 | 対症療法の繰り返し |
6:解決策「ピークを作らない食事」
今すぐできる対策
1. ご飯を小分けにする
- 1日2回→4-5回に
- 一度に入る栄養素の量を減らす
- 吸収の競合を緩和
2. 水分を増やす
- ドライフードだけ!をやめて、ウェットフードを導入する
- ウェットフードに水分を少し添加する
- 濃度を薄めて腎臓の負担を減らす
3. 食事に変化をつける
- 週2-3回は手作り食
- 異なるブランドのフードをローテーション
- 単一の栄養パターンを避ける
4. サプリを使う場合の参考
- 人間でも鉄と亜鉛を同時に飲まない工夫がある⁷
- 可能なら時間をずらすのも一案
日常観察のポイント
毛艶と被毛
- 艶がなくパサつく
- 黒猫の毛が茶色っぽく退色する
- 部分的に抜けやすい、毛が縮れる
皮膚トラブルや栄養吸収不良のサインになりやすい。
肉球と皮膚
- 肉球が乾燥して硬い
- ひび割れや出血が見られる
- 傷が治るのが遅い
- 顔周りや耳の後ろにかさつき
亜鉛や銅の不足が関係することがある。
元気さと行動
- なんとなく元気がない
- 遊ぶ時間が減った
- 食欲に波がある(急にムラ食い)
- よく風邪をひく、感染しやすい
「老化かな」と片付けられがちな変化も、隠れた欠乏が隠れている場合がある。
うんち・消化の様子
- 慢性的にゆるい/下痢が続く
- 消化されていない食材が混ざる
- 便の色が極端に濃い/薄い
ミネラルの吸収が崩れていると腸の働きにも影響が出る。
こうした小さな変化は「年齢のせい」「季節のせい」で済まされがち。でも実は、ミネラルバランスの崩れが関わっているかもしれない。
結論:見えない問題への対処法
総合栄養食は「全部入っている」。それは事実だ。
しかし「入っている」と「吸収される」は別の話。30種類の栄養素が同時に小腸に押し寄せれば、必ず勝者と敗者が生まれる。
この「隠れた欠乏症」は:
- 普通の血液検査では見つからない
- 症状は「なんとなく調子が悪い」程度
- 長期化すると深刻な健康問題に
だからこそ、予防が全て。
総合栄養食の便利さの裏にある矛盾。けれど、私たち飼い主が「ピークを作らない工夫」をすれば、猫の体はもっと自然に、健やかに働いてくれる。
小分け、水分、変化。難しいことではない。この小さな工夫が、見えない欠乏から猫を守る鍵になるかもしれない。
出典
- Lönnerdal B. Dietary factors influencing zinc absorption. J Nutr. 2000;130(5S):1378S-1383S.
- Sandström B. Micronutrient interactions: effects on absorption and bioavailability. Br J Nutr. 2001;85(S2):S181-S185.
- Davies M, et al. Mineral analysis of complete dog and cat foods in the UK. Sci Rep. 2017;7:17107.
- IDEXX Laboratories. Trace Mineral Testing Guidelines. 2023.
- Cousins RJ. Metallothionein metabolism and function. Physiol Rev. 1985;65(2):238-309.
- Becvarova I, et al. Nutrition education in veterinary schools. J Vet Med Educ. 2020;47(4):421-429.
- Institute of Medicine. Dietary Reference Intakes. Washington, DC: The National Academies Press; 2001.
