#4人工的競合が生む「隠れた欠乏症」- 総合栄養食の最大の欠点は不足ではなく”過剰ピーク”

前回|猫の手作り食で過剰ピーク回避|総合栄養食より優れる理由と実践法

見えない欠乏症のパラドックス

総合栄養食のパッケージには「完全栄養」「全ての必須栄養素を含有」と記載されている。理論上、欠乏症は起こり得ないはずだ。

しかし現実は違う。

総合栄養食を食べている猫に、原因不明の皮膚炎、被毛の退色、免疫力低下が見られることがある。血液検査は「正常」。でも何かがおかしい。

答えは単純だ。含有量と吸収量は別物。30種類の栄養素が同時に小腸に到達すれば、吸収の場所取り合戦が起きる。結果、「入っているのに吸収されない」栄養素が生まれる。

これが見えない欠乏の仕組みかもしれない。

1:小腸で起きる栄養素の椅子取りゲーム

ミネラルが通る「入り口」の話

小腸には、ミネラルを取り込む専用の「入り口」がいくつかある。

  • 鉄の入り口:主に鉄専用だが、マンガンやコバルトも通る
  • 亜鉛の入り口:亜鉛専用の通路
  • 銅の入り口:銅専用の通路

ただし、これらの入り口は完全に独立しているわけではない。高濃度の鉄があると、亜鉛の吸収を邪魔することがある。逆に、大量の亜鉛が銅の利用を妨げることもある¹。

競合が起きやすい条件

ミネラルの相互干渉が強まるとき

  • 濃度が高い(総合栄養食のように濃縮されている)
  • 同時に到達する(プレミックスで一括添加)
  • 水分が少ない(ドライフード)

食材に自然に含まれるミネラルなら、この干渉は比較的穏やか。しかし、人工的に添加されたミネラルが高濃度で同時に来ると、激しい競合が起きる²。

実際のフードに含まれるミネラル量

市販キャットフード112製品の分析³によると、鉄・亜鉛・銅の含有量は製品によって最大7倍も違う

数字はあくまで参考。重要なのは、「同じ総合栄養食でも製品ごとに大きな差がある」という事実。この大きなバラつきが、予測できない「ピーク」を作る原因となる。

2:血液検査で見つからない理由

動物病院の一般的な検査では測れない

通常の血液検査で分かること

  • 赤血球の数(貧血の有無)
  • 肝臓・腎臓の機能
  • 血糖値
  • 主要な電解質(ナトリウム、カリウムなど)

分からないこと

  • 亜鉛の血中濃度
  • 銅の血中濃度
  • 鉄の貯蔵量

なぜ測らないのか

特殊な検査で費用も時間もかかるため、ほとんど行われない⁴。明確な症状がない限り、これらの検査をする機会はまずない。

3:気づかれにくい欠乏のサイン

こんな症状、ありませんか?

亜鉛不足のサイン

  • 毛がパサパサ、艶がない
  • 肉球がカサカサ、ひび割れ
  • 傷の治りが遅い
  • よく風邪をひく(免疫力低下)
  • 子猫の成長が遅い

銅不足のサイン

  • 黒い毛が茶色っぽくなる
  • 毛が縮れる、うねる
  • 元気がない、疲れやすい
  • 貧血(鉄不足と間違われやすい)

これらは「体質」「老化」「季節の変わり目」で片付けられがち。でも実は、ミネラルバランスの崩れが原因かもしれない。

こんな報告もある

皮膚炎が治らない猫

  • 高級フードだけを食べていた
  • 慢性的な皮膚炎で通院を繰り返す
  • 特殊検査で亜鉛不足が判明したケース

毛色が変わった猫

  • 真っ黒だった毛が茶色に
  • 検査で銅不足が判明
  • 食事改善で改善したという報告

4:体内で起きる複雑な仕組み

亜鉛が多すぎると銅が使えなくなる

体内には「金属を捕まえるタンパク質」がある。これは本来、余分な金属を処理するための仕組みだ。

しかし、亜鉛を大量に摂ると⁵:

  1. このタンパク質が増える
  2. 銅も一緒に捕まえてしまう
  3. 銅が体内にあるのに使えない状態に
  4. 結果的に銅不足の症状が出る

人の病気治療でも、この仕組みが利用されることがある。

見かけと実態のギャップ

状態 体内の銅 使える銅 症状
正常 適量 適量 なし
真の欠乏 少ない 少ない あり
機能的欠乏 十分ある 使えない あり

総合栄養食では、この「機能的欠乏」が起きやすい。

5:獣医師も気づきにくい現実

栄養学教育の現状

獣医学生への調査⁶によると、微量ミネラルの相互作用まで学ぶ機会は少ない。多くの獣医師は「総合栄養食なら大丈夫」と考えており、隠れた欠乏症の可能性を考慮しないことが多い。

よくある誤診パターン

本当の原因 誤診されやすい病名 結果
亜鉛欠乏の皮膚炎 アレルギー性皮膚炎 ステロイドで一時改善→再発
銅欠乏の貧血 鉄欠乏性貧血 鉄剤投与→悪化
ミネラル不均衡 原因不明の体調不良 対症療法の繰り返し

6:解決策「ピークを作らない食事」

今すぐできる対策

1. ご飯を小分けにする

  • 1日2回→4-5回に
  • 一度に入る栄養素の量を減らす
  • 吸収の競合を緩和

2. 水分を増やす

  • ドライフードだけ!をやめて、ウェットフードを導入する
  • ウェットフードに水分を少し添加する
  • 濃度を薄めて腎臓の負担を減らす

3. 食事に変化をつける

  • 週2-3回は手作り食
  • 異なるブランドのフードをローテーション
  • 単一の栄養パターンを避ける

4. サプリを使う場合の参考

  • 人間でも鉄と亜鉛を同時に飲まない工夫がある⁷
  • 可能なら時間をずらすのも一案

日常観察のポイント

毛艶と被毛

  • 艶がなくパサつく
  • 黒猫の毛が茶色っぽく退色する
  • 部分的に抜けやすい、毛が縮れる

皮膚トラブルや栄養吸収不良のサインになりやすい。

肉球と皮膚

  • 肉球が乾燥して硬い
  • ひび割れや出血が見られる
  • 傷が治るのが遅い
  • 顔周りや耳の後ろにかさつき

亜鉛や銅の不足が関係することがある。

元気さと行動

  • なんとなく元気がない
  • 遊ぶ時間が減った
  • 食欲に波がある(急にムラ食い)
  • よく風邪をひく、感染しやすい

「老化かな」と片付けられがちな変化も、隠れた欠乏が隠れている場合がある。

うんち・消化の様子

  • 慢性的にゆるい/下痢が続く
  • 消化されていない食材が混ざる
  • 便の色が極端に濃い/薄い

 ミネラルの吸収が崩れていると腸の働きにも影響が出る。

こうした小さな変化は「年齢のせい」「季節のせい」で済まされがち。でも実は、ミネラルバランスの崩れが関わっているかもしれない。

結論:見えない問題への対処法

総合栄養食は「全部入っている」。それは事実だ。

しかし「入っている」と「吸収される」は別の話。30種類の栄養素が同時に小腸に押し寄せれば、必ず勝者と敗者が生まれる。

この「隠れた欠乏症」は:

  • 普通の血液検査では見つからない
  • 症状は「なんとなく調子が悪い」程度
  • 長期化すると深刻な健康問題に

だからこそ、予防が全て。

総合栄養食の便利さの裏にある矛盾。けれど、私たち飼い主が「ピークを作らない工夫」をすれば、猫の体はもっと自然に、健やかに働いてくれる。

小分け、水分、変化。難しいことではない。この小さな工夫が、見えない欠乏から猫を守る鍵になるかもしれない。

出典

  1. Lönnerdal B. Dietary factors influencing zinc absorption. J Nutr. 2000;130(5S):1378S-1383S.
  2. Sandström B. Micronutrient interactions: effects on absorption and bioavailability. Br J Nutr. 2001;85(S2):S181-S185.
  3. Davies M, et al. Mineral analysis of complete dog and cat foods in the UK. Sci Rep. 2017;7:17107.
  4. IDEXX Laboratories. Trace Mineral Testing Guidelines. 2023.
  5. Cousins RJ. Metallothionein metabolism and function. Physiol Rev. 1985;65(2):238-309.
  6. Becvarova I, et al. Nutrition education in veterinary schools. J Vet Med Educ. 2020;47(4):421-429.
  7. Institute of Medicine. Dietary Reference Intakes. Washington, DC: The National Academies Press; 2001.
error: Content is protected !!