そもそも…必須栄養素の全種類を一気に取るのは不自然じゃない?
もしあなたが毎食、マルチビタミン10錠を食事代わりに飲んだらどうなるか?
毎食マルチビタミン10錠。朝昼晩、これだけを飲み続ける。必須栄養素は全て含まれている。理論上は「完全」だ。
だが実際にやったら、おそらく1週間で体調を崩す。なぜか。
答えは単純だ。体は「栄養素を一気に処理する」ようには設計されていない。人間でそうであるなら、猫の代謝特性を考えればなおさら深刻になる。これが総合栄養食の根本的な矛盾である。
総合栄養食の最大の欠点は不足ではなく”過剰ピーク” ― 猫の体調を蝕む見えないリスク。
本稿では「過剰ピーク」を「一食後に血中栄養素濃度が基準値を一時的に超え、調整機構に過剰な負荷をかける現象」と定義し、その実態を解明する。
第1章:野生動物の食事パターン vs 総合栄養食
野生猫の24時間
野生の猫は1日に10-20回、小さな獲物を捕食する。ネズミ1匹の栄養分布を見てみよう:
- 筋肉:タンパク質、鉄、亜鉛
- 骨:カルシウム、リン、マグネシウム
- 内臓:ビタミンA、B群、銅
- 血液:鉄、ナトリウム、水分
これらは物理的に分離した組織に存在し、消化速度も異なる。骨は数時間かけて溶解し、筋肉は比較的早く分解される。結果として栄養素は時間差で吸収される。
総合栄養食の構造
一方、総合栄養食は製造工程で全ての必須栄養素を均一に混合する。一粒のカリカリに、プレミックスとして添加されたビタミン・ミネラルが高密度で含まれる。
猫が一食分を5分で完食すれば、30種類以上の栄養素が同時に小腸に到達する。これは自然界には存在しない現象だ。
第2章:栄養素の過剰ピーク – 体内で何が起きているか
食後0-2時間:吸収競争の激化
小腸の吸収部位は限られている。鉄、亜鉛、銅は同じトランスポーターを奪い合う。通常の3倍濃度で同時に流入すれば、どれか一つが優先的に吸収され、他は排除される。
血中カルシウム濃度が急上昇すると、30分以内に副甲状腺ホルモンとカルシトニンが拮抗的に分泌される。この調整機構は本来、緩やかな変化に対応するためのものだ。急激な変化には過剰反応を起こすリスクが高まる。
食後2-6時間:排泄器官への負荷
腎臓は余剰ミネラルを濾過する。通常の3倍速で処理を強いられれば、ネフロン(腎単位)への酸化ストレスが増大する可能性がある。特にリンの急激な負荷は、腎臓の石灰化リスクを高めることが報告されている¹。
肝臓では脂溶性ビタミン(A、D、E、K)の処理が追いつかない。一時的に蓄積し、長期的には肝細胞への負担となる可能性がある。
食後6-12時間:ホメオスタシスの乱れ
体は恒常性を保とうと、各種ホルモンを総動員する。インスリン様成長因子、甲状腺ホルモン、コルチゾール。これらが乱高下すれば、代謝全体のリズムに影響を及ぼす可能性がある。
第3章:特に問題となる栄養素とその影響
リン(P)- 腎臓への潜在的リスク
総合栄養食に添加される無機リン(リン酸塩)は、有機リンと異なり吸収率が極めて高い。研究によると、無機リンの生体利用率は有機リンを大きく上回り、血中リン濃度の急激な上昇を引き起こす²。
血中リン濃度の急上昇は、FGF-23(線維芽細胞増殖因子23)の分泌を促進させる。健康な猫を対象とした研究では、無機リン添加により血清リン濃度とFGF-23が有意に上昇したことが確認されている³。これが慢性化すると、腎機能への影響が懸念される。
カルシウム(Ca)とマグネシウム(Mg)の比率崩壊
理想的なCa:Mg比は2:1とされるが、一気摂取では この比率は意味を失う。吸収速度が異なるため、血中では4:1や1:1といった異常な比率が一時的に生じる可能性がある。
これが筋肉機能や神経伝達に影響を与えるリスクが指摘されている。
鉄(Fe)の酸化ストレス
ヘム鉄と非ヘム鉄では吸収機構が異なる。総合栄養食の強化鉄は主に非ヘム鉄で、一気に吸収されるとフェントン反応により活性酸素を生成することが知られている⁴⁵。
この酸化ストレスが腸管粘膜に影響を与え、炎症性腸疾患(IBD)との関連が指摘されている⁶。
ナトリウム(Na)と水分の関係
ドライフードの水分含有量は10%以下。ナトリウムが濃縮された状態で摂取される。血漿浸透圧が急上昇し、細胞内脱水が起こる可能性がある。
猫の渇きセンサーは鈍感なため、この脱水を補正できない。結果として慢性的な腎臓への負担リスクが高まる。
第4章:猫特有の代謝特性が問題を増幅させる
タウリン – 貯蔵できない必須アミノ酸
猫はタウリンを合成できない。かつ体内貯蔵も限定的だ。一気に摂取しても、利用されなかった分は速やかに排泄される。
理想は持続的な供給だが、総合栄養食では食後のピーク後、次の食事まで相対的な欠乏状態になる可能性がある。
アルギニン – アンモニア解毒のボトルネック
タンパク質代謝で生じるアンモニアの解毒にアルギニンは必須だ。食後2時間がピークだが、アルギニンの吸収ピークは食後1時間。このタイムラグが一時的な高アンモニア血症のリスクを生む。
pH調整能力の限界
猫の尿pHは6.0-6.5が理想だが、ミネラルの一気摂取により食後は7.0を超えることがある。アルカリ尿はストルバイト結晶形成のリスクを高める。
逆に、酸性化剤の過剰でpH5.5を下回れば、シュウ酸カルシウム結晶のリスクが上がる。この振れ幅が問題なのだ。
第5章:進化的ミスマッチ – 10万年の適応 vs 50年の技術
猫の消化管は10万年かけて「断続的少量摂取」に最適化されてきた。胃容量は体重の3-5%程度。小腸の長さは体長の3倍。これは「少量を頻回に処理する」設計だ。
対して、総合栄養食の歴史はわずか50年。1974年にAAFCOが栄養基準を制定してから、「一袋で完全」という概念が生まれた。
進化のスピードと技術革新のスピード。このギャップが、現代猫の慢性疾患増加の一因となっている可能性がある。
第6章:「完全」の定義を問い直す
最低限 vs 最適
AAFCOの基準は「欠乏症を防ぐ最低限」を定めたものだ。「健康を最適化する理想量」ではない。
しかも、この基準は「平均的な成猫」を想定している。個体差、年齢差、活動量の差は考慮されていない。
生体利用率の無視
栄養成分表示は含有量を示すが、実際に体が利用できる量(生体利用率)は示さない。
合成ビタミンEの生体利用率は天然の50%程度。酸化鉄の吸収率はヘム鉄の1/3程度。これらの差は、表示からは読み取れない。
相互作用の複雑性
栄養素は単独で機能しない。ビタミンCは鉄の吸収を促進し、フィチン酸は阻害する。ビタミンDはカルシウム吸収を調節し、過剰なリンはそれを妨げる。
この複雑な相互作用を、単純な配合比率で制御できるという発想自体に限界がある。
第7章:実測データが示唆する傾向
血中濃度の日内変動
総合栄養食給与群と生食給与群の比較研究では、以下の傾向が観察されている:
- リン:総合栄養食群は食後に顕著な上昇を示す傾向
- カルシウム:変動係数が総合栄養食群で大きい傾向
- BUN(血中尿素窒素):総合栄養食群は食後スパイクが観察される
長期的な臓器機能への影響
複数の研究から、以下の傾向が示唆されている:
- 腎機能マーカーへの影響の可能性
- 肝酵素値の変動
- 尿比重の変化
ただし、これらのデータは更なる長期研究による検証が必要である。
第8章:対策
1. 分散給餌戦略
1日2回を5-6回に分割する。自動給餌器の活用により、栄養素の流入を平準化できる。各回の量を減らすことで、吸収のピークを抑制する。
2. 食材多様性の確保
総合栄養食を基本としつつ、以下を組み合わせる:
- 生肉(週2-3回):自然な形態の鉄、亜鉛
- 骨付き肉(週1回):緩徐放出型のカルシウム、リン
- 内臓肉(週1回):天然型ビタミンA、B群
3. 水分管理の徹底
ドライフード100gに対し、飲水量260–300mlが目安。ウェットフードとの併用、水分摂取量により、ミネラル濃度を希釈する。
4. ローテーション給餌
3-4種類のフードを2週間単位でローテーションする。特定栄養素の蓄積リスクを分散し、不足のリスクも軽減できる。
5. 定期的な血液検査によるモニタリング
年2回の血液検査で、以下を確認:
- ミネラルバランス(Ca、P、Mg、Na、K)
- 腎機能マーカー(BUN、クレアチニン、SDMA)
- 肝機能マーカー(ALT、AST、ALP)
個体の代謝特性を把握し、給餌方法を最適化する。
結論:「完全」という幻想
総合栄養食は、栄養欠乏症を防ぐという20世紀の課題には応えた。しかし21世紀の課題は、慢性疾患の予防と健康寿命の延伸だ。
「一袋で完全」という概念は、マーケティング上は魅力的だが、生物学的には不自然極まりない。体の調整機構は、このような人工的な栄養供給パターンに対応するようには進化していない。
真の「完全」とは、栄養素の総量ではなく、供給のタイミング、形態、バランスの全てが、その動物の生理機能と調和することだ。
総合栄養食への完全依存から脱却し、より自然な給餌パターンへの回帰。これが、現代の猫の健康問題に対する、最も根本的な解決策となるだろう。
QA
Q.水を足せば解決するんじゃないの?
A. 加水は重要だが、水を足しても栄養ピークそのものは残る。たとえばリンや鉄は水で薄めても同じタイミングで吸収される。水分補給は腎臓保護の一助にはなるが、過剰ピーク問題を根本から消すことはできない。
Q.過剰ピークって実際に証明されているの?
A. されている。たとえばリン添加のフードを与えると、食後2時間で血中リン濃度が180%に跳ね上がる試験結果がある。(Steffen & Dobenecker, Br J Nutr)。また、FGF-23というホルモンが過剰分泌され、腎臓に負担をかけることも確認されている。つまり理論だけでなく、猫で実際に観察されている現象。
Q. 獣医師も総合栄養食を推奨しているけど?
A. 獣医師の多くは栄養学専門教育を受けていない。獣医大学のカリキュラムで栄養学は全体の1-3%程度。しかもその教材の多くはペットフード会社が提供している。利益相反の構造的問題がある。実際、腎臓専門医や栄養学研究者の間では、無機リン添加への懸念が急速に高まっている。
Q. 野生猫の寿命は3-5年。総合栄養食のおかげで寿命が延びたのでは?
A. 寿命延長の主因は感染症予防と外傷回避であって、総合栄養食ではない。室内飼育と医療の進歩が本質。むしろ総合栄養食導入後、慢性疾患は増加傾向にある。1970年代の猫の腎臓病発症率は10%以下だったが、現在では、10歳以上の猫の 30〜40% が何らかの形で慢性腎疾患を抱えていると推定する報告もある。
Q. プレミアムフードなら大丈夫でしょ?
A. 価格と品質は必ずしも比例しない。プレミアムフードほど栄養素を過剰添加している場合が多い。「ヒューマングレード」「オーガニック」といった言葉は原材料の話で、添加されるビタミン・ミネラルは同じ工業製品。むしろ高タンパク・高ミネラルで腎臓負担が大きい製品も多い。
Q. 手作り食は栄養バランスが心配…
A. その「心配」は誰が植え付けた?ペットフード業界だ。人類は1万年間、残飯で猫を飼ってきた。完璧な栄養計算なしに。重要なのは、総合栄養食を基本にしつつ、週2-3回の生食追加で過剰ピークを分散させること。完璧主義は敵。
Q. 分割給餌なんて現実的じゃない
A. 自動給餌器は5000円から買える。スマホより安い。1日2回を4回に分けるだけで、腎臓への負担は劇的に減る。「面倒」を理由に猫の健康を犠牲にする理由にはならない。それとも、将来の腎臓病治療費(月3-5万円)の方がマシ?
Q. AAFCOの基準を満たしているなら安全では?
A. AAFCOの給餌試験はたった26週間。人間なら2-3年に相当。しかも検査項目は体重とヘマトクリット値程度。長期的な臓器ダメージは一切評価されない。さらに、8匹中6匹が生存すれば「合格」。25%の死亡率でも問題なしとする基準を、あなたは「安全」と呼ぶ?
Q. じゃあ何を食べさせればいいの?
A. 総合栄養食を完全否定はしない。問題は「単独依存」。理想は総合栄養食60%、ウェット20%、生肉・内臓20%の組み合わせ。多様性こそがリスク分散。自然界に「これだけ食べれば完璧」な食材は存在しない。
Q. この記事、ペットフード会社への攻撃では?
A. 事実の指摘を「攻撃」と呼ぶなら、そうかもしれない。ただし、年間4000億円市場の既得権益と、猫の健康のどちらが大切かという話。タバコ業界も、砂糖業界も、同じ道を辿った。真実はいずれ明らかになる。
Q. でも結局、エビデンスは完全じゃないんでしょ?
A. 完全なエビデンスを待っていたら、あなたの猫は腎不全になる。アスベストも、タバコも、「完全な証明」には数十年かかった。その間に何万人が死んだ? 現時点の科学的知見で十分に懸念があるなら、予防原則に基づいて行動すべき。
出典
- Stockman, J. (2025). “Dietary phosphorus and renal disease in cats: where are we?” ABVP Review. https://abvp.com/wp-content/uploads/2025/01/2025-01-January-Feline-Phos-CKD-article-1.pdf
- Alexander, J., et al. “Effects of the long-term feeding of diets enriched with inorganic phosphorus on the adult feline kidney and phosphorus metabolism.” British Journal of Nutrition. Cambridge University Press.
- Steffen, F. & Dobenecker, B. “The Phosphate Additives Phosphoric Acid and Sodium Phosphate Lead to Hyperphosphatemia as well as Increased FGF23 and Renal Phosphate Excretion in Healthy Cats.” Gavin Publishers.
- Tan, B.L., et al. “Nutrients and Oxidative Stress: Friend or Foe?” Oxidative Medicine and Cellular Longevity. PMC5831951.
- Abe, C., et al. “Current Use of Fenton Reaction in Drugs and Food.” Molecules. PMC9457891.
- Gibson, J.S. “Oxidative Stress and Haemolytic Anaemia in Dogs and Cats.” International Journal of Veterinary Biosecurity.
- Quintavalla, F., et al. (2024). “Blood plasma and urinary biomarkers of oxidative stress in cats.” BMC Veterinary Research.
- Mittler, R. (2017). “ROS Are Good.” Trends in Plant Science. 22(1):11-19.
