「キャットフードの栄養基準は、本当に猫にとって適切なのか?」そんな疑問から、この研究は始まった。
科学者たちは、世界中で自由に暮らす野良猫たちが自然の中で実際にどんな獲物を食べているのかを徹底的に調べ、その栄養構成を数値化。
論文冒頭
“Current nutrient recommendations for cats are derived largely from data obtained in laboratory settings, often using purified diets.
However, little is known about the nutrient composition of the natural diet of free-roaming cats.”
現在の猫の栄養基準は、精製飼料を用いた実験室データに依存しているが、野外で自由に行動する猫の自然食の栄養構成についてはほとんど分かっていない。
つまり──
NRCやAAFCOといった基準は人工飼料の研究結果から導かれており、猫本来の食性とは乖離している可能性がある。その「ギャップを定量化する」ことが、Plantinga らの研究動機。
結果は、「基準値」の常識を揺るがすもだった。野良猫たちの食事は、現行のNRC(米国科学アカデミー)やAAFCOが定める推奨量よりも、
はるかに高タンパク・高ミネラル──そして極めて低糖質。つまり、人工的な基準の「安全下限」で暮らすよりも、野生の猫たちはずっと栄養密度の高い食事で生きている、という現実が浮かび上がった。
※注意※Plantingaらは、「自然食=理想食という短絡は避けるべき」という注意を明確に加えている。この研究は「理想食を断定した研究」ではなく、「NRCなどの基準を見直すための原点データを提供した研究」
1. 研究概要
Plantinga et al. (2011, British Journal of Nutrition) は、自由に行動する野良猫(feral cats)が自然環境で捕食している獲物の栄養構成を分析し、「猫が進化の過程で最も慣れ親しんできた食事プロファイル」を数値化した画期的な研究。
解析対象はネズミ・鳥・トカゲなど、乾物換算で30種以上の獲物。それらの捕食比率をもとに、「平均的な獲物の栄養構成」を算出。
この研究は 「猫が自然下で摂取している栄養組成を、既存データから推定する」 という構成。著者たちのデータを組み立て手順は以下。
- 世界各地の野良猫の捕食獲物(鳥類・齧歯類・爬虫類など)を調査。
- 各獲物の栄養組成(タンパク質、脂質、ミネラルなど)を既存の食品成分データベースから抽出。
- 捕食比率に応じて平均の栄養プロファイルを推定。
2. 獲物の平均組成(乾物基準)
| 成分 | 平均値(乾物%) | 備考 |
|---|---|---|
| たんぱく質 | 62.7 % | 猫が摂取する主要エネルギー源 |
| 脂質 | 22.8 % | 高密度なエネルギー供給源 |
| 灰分(ミネラル) | 11.8 % | 骨・血液・内臓を含むため高い |
| 炭水化物 | 2.8 % | 自然界では極めて少量 |
この構成は、「高たんぱく・中脂肪・極低糖質」という、猫の代謝に最も適したパターンを明確に示す。
3. 獲物モデル → /1000 kcal換算(Plantinga 2011)
乾物100 gあたりのエネルギーは約423 kcal(=1770 kJ)とされており、これを基に 1000 kcalあたりに換算すると、次のようになる。
| 栄養素 | 含有量 (/100 g DM) | /1000 kcal換算 | 備考 |
|---|---|---|---|
| カルシウム (Ca) | 2.64 g | 6.23 g | 骨を含むため高値 |
| リン (P) | 1.76 g | 4.16 g | Ca:P ≈ 1.5:1 |
| ナトリウム (Na) | 0.50 g | 1.18 g | 血液・細胞液に由来 |
| カリウム (K) | 0.93 g | 2.20 g | 細胞内の主要ミネラル |
| 鉄 (Fe) | 29.6 mg | 69.9 mg | ヘム鉄由来(血液・肝臓) |
| 銅 (Cu) | 1.67 mg | 3.95 mg | 銅酵素や血色素に関連 |
| 亜鉛 (Zn) | 9.77 mg | 23.1 mg | タンパク代謝・被毛維持 |
| マグネシウム (Mg) | 130 mg | 307 mg | 筋肉・神経の調整に関与 |
出典:Plantinga, E.A. et al. (2011). Estimation of the dietary nutrient profile of free-roaming feral cats: possible implications for nutrition of domestic cats. British Journal of Nutrition, 106(S1): S35–S48.
4. NRC基準との比較(/1000 kcal)
| 栄養素 | NRC 2006 RA | 野生獲物 | 倍率 |
|---|---|---|---|
| Ca | 0.72g | 6.23 g | ×8.8 |
| P | 0.64 g | 4.16 g | ×6.6 |
| Fe | 20 mg | 69.9 mg | ×3.5 |
| Cu | 1.2 mg | 3.9 mg | ×3.3 |
| Zn | 18.5 mg | 23.1 mg | ×1.3 |
| Mg | 100 mg | 307 mg | ×3.1 |
| Na | 0.17 g | 1.18 g | ×6.9 |
| K | 1.30 g | 2.20 g | ×1.7 |
結果:
野生の獲物食は、NRC推奨量(RA)より2〜9倍高いミネラル密度を示す。
特に Ca・P・Fe・Cu・Na は突出しており、これは骨・内臓・血液をすべて摂取する完全食性を反映。
5. 解釈と意義
-
猫の「生理的最適ゾーン」は、NRCのRA(欠乏回避)よりかなり上方にある可能性が高い。
-
獲物食モデルでは、高ミネラル・高タンパク・低糖質が自然摂取範囲であり、
これが猫の腎臓・筋肉・代謝のベースとして進化的に最適化されてきたと考えられます。 -
つまり、NRCは“欠乏しないライン”、獲物モデルは“本来の姿に近いライン”。
解釈注記:
論文原文要約
“Although the nutrient composition of free-roaming cats’ diets may resemble that of their evolutionary diet,
it cannot automatically be considered optimal for longevity or health under all conditions.”
(自由に行動する猫の食事は進化的な食性に近いかもしれないが、
それがすべての条件下で長寿や健康に最適とは限らない。)
“Feral cats often have shorter life spans, due to predation, disease, or malnutrition.”
(野良猫は捕食・感染症・栄養不良などにより寿命が短いことが多い。)
Plantingaらは、「自然食=理想食という短絡は避けるべき」という注意を明確に加えている。つまり著者たちはこの研究が「野生の食事こそ最適」と言っているわけではない、と注意を促している。野良猫の寿命は短く、環境要因や感染症、捕食リスクなどが大きく影響する。それでも、「猫が進化の過程でどのような栄養密度に適応してきたか」を理解するうえで、この研究は重要な手がかりになる。
Plantinga 2011 は「理想食を断定した研究」ではなく、「NRCなどの基準を見直すための原点データを提供した研究」
6. まとめ(要点)
-
野生の猫は たんぱく質 60%+脂質 20%+灰分 12%+糖質 3% の食事をしている。
-
その結果、NRC基準の2〜8倍のミネラルを自然に摂取していた。
-
猫の理想的な栄養設計を考えるなら、RAを最低ライン、獲物モデルを目標ゾーンとするのが妥当。
注記: Plantinga 2011 は「自由行動する野良猫が自然界で摂取している平均的な獲物構成」を定量化することが目的で、定義済みの分析項目は:
- 粗タンパク質・粗脂肪・灰分・炭水化物(N-free extract)
- 主要ミネラル(Ca, P, Na, K, Fe, Cu, Zn, Mg)
これ以外(マンガン・セレン・ヨウ素・脂溶性ビタミンなど)は掲載されていない。(論文本文でも「データが不足しているため分析項目を限定した」と明記)したがって、Plantinga 2011 = 「猫が摂取する主な栄養バランスを俯瞰するための“ベースモデル”」微量ミネラルやビタミン類は別研究(Clum 1996など)を参照する必要あり。
DM換算法
①論文で報告された平均エネルギー密度:
1770 kJ / 100 g DM = 約 423 kcal / 100 g DM
② 1 kcalあたりの乾物量
100 g DM ÷ 423 kcal = 0.2364 g DM / kcal
③ 1000 kcalに相当する乾物量
1000 kcal × 0.2364 g DM / kcal = 236.4 g DM
したがって、100 g DMの値を 2.364 倍すると「/1000 kcal」換算値。
換算係数 = 1000 ÷ 423 = 2.364
| 栄養素 | /100 g DM | × 2.364 | = /1000 kcal |
|---|---|---|---|
| Ca | 2.64 g | 2.364 | 6.23 g |
| P | 1.76 g | 2.364 | 4.16 g |
| Na | 0.50 g | 2.364 | 1.18 g |
| K | 0.93 g | 2.364 | 2.20 g |
| Fe | 29.6 mg | 2.364 | 69.9 mg |
| Cu | 1.67 mg | 2.364 | 3.95 mg |
| Zn | 9.77 mg | 2.364 | 23.1 mg |
| Mg | 130 mg | 2.364 | 307 mg |
