猫のタンパク質必要量──NRC/AAFCO/FEDIAFの基準が低すぎる件についての考察

要旨

現行のNRC/AAFCO/FEDIAF基準は維持下限(NRC=50 g/1000 kcal、AAFCO=65 g/1000 kcal、FEDIAF=62.5(MER100)/83.3(MER75) g/1000 kcal)を示すにとどまる[1][2][3]。一方、LBM維持には少なくとも≥5.2 g/kg体重/日が必要という一次研究がある[4]。従って、設計ではこの閾値を起点に、加工による実効アミノ酸低下個体差を見込んで上乗せする。

1. 問題設定:なぜ「低すぎる」と言えるのか

現行の栄養基準(AAFCO、FEDIAF、NRC)は、主に窒素平衡という測定法に基づき、欠乏症や生化学的な異常が起きない「最小推奨」を下限として設定している。

しかし、猫は完全な肉食動物であり、常に高いアミノ酸分解酵素の活性を維持している[5]。食事からのタンパク質が不足すると、猫は自分の筋肉(LBM)を分解して不足分を補おうとする。窒素平衡は、この「筋肉分解による補填」を適応として受け入れてしまうため、体の組織が損なわれても「平衡」が保たれていると誤認しやすいのである。

2. 現行基準の整理と換算

各基準は異なる表記法を用いるが、標準的な猫のエネルギー要求量とフードのエネルギー密度で換算すると、維持下限は概ね集束する。

現行主要基準(成猫維持)

基準 表記 成猫維持(g/1000 kcal)
NRC 2006 RA 50
AAFCO 26%DM ≒ 65(標準換算)
FEDIAF 2024 MER基準 62.5(MER=100)/83.3(MER=75)

注:FEDIAFの表の値は最小推奨レベルであり要求量や最適値ではない[3]。換算は100 gDM×2.5=1000 kcal(4.0 kcal/g DM仮定)。エネルギー密度が異なる場合は補正が必要である。

3. 基準の「g/kg体重/日」への実務換算

標準的な成猫(5 kg、去勢済み)の維持エネルギー要求量(MER)を体重で換算し、基準のタンパク質濃度(g/1000 kcal)を適用すると、下限の目安が見える。

FEDIAFの式では、MER100 = 100 × BW^0.67(活動高め)、MER75 = 75 × BW^0.67(低活動)となる。5 kg猫の場合:

  • MER100:≈294 kcal/日
  • MER75:≈220 kcal/日

これにFEDIAFの濃度を掛けると:

  • MER100:62.5 × 0.294 ≈ 18.4 g/日 → 3.7 g/kg/日
  • MER75:83.3 × 0.220 ≈ 18.3 g/日 → 3.7 g/kg/日

(FEDIAF表VII-18b/cの設計意図通り、一日必要量は同等となる)

この約3.7 g/kg/日が、現行基準が示す「維持下限」の目安であり、これが「低すぎる」と指摘される数値である。

4. 一次文献の核心:Laflamme (2013) の実測最適値

「低すぎる」という批判の中核となる科学的根拠は、以下の一次研究である。

項目 Laflamme et al. (2013) の結果
LBM維持に必要な最低量 ≥5.2 g/kg体重/日(=7.8 g/kg^0.75)
窒素平衡維持に必要な量 より低い値で達成可能
結論 従来の窒素平衡法は、猫の筋肉量が低下してもタンパク質不足を検知できないため、NRC/AAFCO推奨はLBM維持には不足する

この5.2 g/kg/日という数値は、単なる欠乏防止ではなく、体の構成要素である筋肉を維持するための最低限の実測値であり、現行基準の約3.7 g/kg/日を大きく上回る[4]。

5. 側面エビデンスによる補強

Laflammeの研究に加え、複数の独立した研究が5 g/kg前後を起点とする設計の合理性を支持している。

5.1 高タンパク食によるLBM増加(健康成猫)

健康な成猫に高タンパク食を与えた結果、LBMが増加することが確認されている。Nguyen et al. (2004)の研究では、去勢後の猫に高タンパク食を給餌したところ、エネルギー代謝には変化がなかったものの、体組成が改善され、LBMが有意に増加した[6]。この知見は、高めのタンパク質摂取が組織の維持・向上に有効であることを示している。

5.2 減量期におけるLBM保護

肥満猫の減量プログラムにおいて、高タンパク食は体脂肪の減少を促進しつつ、LBMの減少を抑制する効果が認められている。Vasconcellos et al. (2009)は、減量期の猫において高タンパク食がLBMの喪失を防止し、体脂肪の選択的減少を促すことを実証した[7]。

5.3 猫の本能的な栄養選好

栄養幾何学を用いた一連の研究(Hewson-Hughes et al. 2011, 2012)では、猫は本能的にタンパク質を中心とした高タンパク・低炭水化物の食事構成を好み、生物学的な目標に沿った摂取量を選ぶ傾向が示されている[8][9]。自由選択試験において、成猫は一貫して高タンパク比のマクロ栄養素構成を選び続けた。この選好行動は、猫の代謝的要求がより高いタンパク質摂取を必要としていることを示唆する。

6. 加工による実効性の低下:粗タンパク質≠利用可能タンパク質

ドライフードのような加熱加工を経る場合、メイラード反応によりタンパク質中の「反応性リジン(RL)」などの有効アミノ酸が減少し、「粗タンパク質」の数値と「実効的なアミノ酸利用量」に乖離が生じる。

van Rooijen et al. (2014)は、メイラード反応がペットフードの栄養価に及ぼす影響を包括的にレビューし、押出・加熱により反応性リジンが低下することを示している[10]。市販キャットフードにおいてRL/TL比(反応性リジン/総リジン比)の低い製品も確認されており[11]、Rutherfurd et al. (2007)は反応性リジンが熱損傷の鋭敏な指標であることを報告している[12]。

これらの知見は、「総窒素=粗タンパク質」という表記が、実際に猫が利用可能なアミノ酸量を保証しないことを意味する。FEDIAFも、加工によるアミノ酸損失を考慮し、必要に応じてアミノ酸を10%上乗せするという注記を設けている[3]。実務的には、この実効性の低下を考慮し、表示値よりも高めのタンパク質濃度を設計することが合理的である。

7. 臨床応用:慢性腎臓病における必須アミノ酸強化の可能性

従来、慢性腎臓病(CKD)の猫には低タンパク食が推奨されてきたが、近年の研究は必須アミノ酸を強化した食事によるLBM維持の可能性を示している。

Hall et al. (2018)は、IRIS stage 1および2のCKD初期の猫に必須アミノ酸を強化した食事を給餌したところ、LBMが維持され、腎バイオマーカーも安定していたと報告している[13]。2019年のVeterinary Record報告も同趣旨の結果を示している。この知見は、単なるタンパク質制限ではなく、質の高いアミノ酸供給がCKD管理においても重要である可能性を示唆する。

8. 実務フレーム:最適なタンパク質設定の提案

「基準=下限」という理解に基づき、実務におけるタンパク質設計の推奨フレームは、LBM維持の実測値を起点とするべきである。

区分 目的 推奨量 (g/kg体重/日)
最低限のラベル基準 法的販売の要件を満たす下限 ≈3.7 g/kg(これ未満は不可)
健康成猫の実務起点 LBMを維持し、個体差に対応する安全ライン 5.0~5.5 g/kg
上振れ対象 高齢、筋量低下、回復期、低活動によるカロリー摂取不足の猫 5.5~6.0+ g/kg

加えて、加熱加工による有効アミノ酸の減少、個体差、生理的ストレス(妊娠、授乳、回復期など)を考慮すると、5~6 g/kg体重/日を実務的な目標とすることが、猫の健康を考える上で合理的な選択と言える。

9. 結論

NRC、AAFCO、FEDIAFの栄養基準は、病理学的な欠乏を防ぐという点では重要だが、猫の最適な健康(特に筋肉の維持)を保証するものではない。

LBM維持の観点から、5.2 g/kg体重/日という科学的実測値を基点とし、個体の状態、フードの加工特性、猫の本能的選好を考慮して5~6 g/kg体重/日を実務的な目標とすることが、絶対的肉食動物である猫の生理学に最も適したアプローチであると言える。

10.飼い主としての意識・できること

見えてきたのは、「総合栄養食」という言葉が持つ安心感と、実際の栄養設計の間にあるギャップ

10-1「総合栄養食」が保証しているもの

現行の基準(AAFCO/FEDIAF)に基づく総合栄養食は、基本的に「この食事だけで欠乏症にならない」ことを保証している。つまり:

  • フードとして販売する最低ライン
  • 窒素平衡が崩れない
  • 明らかな栄養失調を防ぐ

これは確かに重要。しかし…

10-2「総合栄養食」が保証していないもの

  • 筋肉量(LBM)の維持
  • 最適な体組成
  • 加工による栄養素の劣化を補う余裕
  • 個体差への対応
  • 長期的な健康の最適化

Laflamme (2013)の研究が示したのは、まさにこの点。窒素平衡は保たれていても、猫の体は静かに自分の筋肉を削っている可能性がある。

10-3基準の本質的な限界

考えてみれば、これは人間の栄養学でも同じ。

  • ビタミンCの推奨量:壊血病を防ぐには数十mg/日で足分ですが、最適な免疫機能や抗酸化作用を考えると、もっと必要かもしれない
  • タンパク質:筋肉量を維持する量と、単に窒素平衡を保つ量は違う

「総合栄養食」はフードを販売するにあたっての安全基準であって猫にとっての最適基準ではない。

10-4では、どう考えればいい?

個人的には、こう整理してみようと思う:

総合栄養食 = 最低限クリアすべき土台

  • これを満たさないフードは論外
  • でも、これを満たしているだけでは「最善」とは限らない

実務的な目標 = 土台 + 科学的知見 + 個体差への配慮

  • Laflammeの5.2 g/kg/日という実測値
  • 加工による損失の補填
  • その猫の年齢、活動量、健康状態

10-5飼い主としてできること

完璧を求める必要はないが、こんな視点は持てる:

  1. 「総合栄養食」は必須条件だが、十分条件ではないと理解する
  2. 原材料の質(動物性タンパク質の割合、加工度)を見る
  3. その子の体組成(触って筋肉がしっかりしているか)を観察する
  4. 必要なら、より高品質なフードや、信頼できる栄養学的根拠のあるフードを選ぶ(必ずPFCバランス換算をする)
    ※参考猫の糖尿病リスクを高める”抱き合わせ”:タンパク質を満たすほど炭水化物が過剰に

出典

[1] National Research Council (NRC). (2006). Nutrient Requirements of Dogs and Cats. Soul Dog Synergy. https://souldogsynergy.com/wp-content/uploads/2022/06/2006-NRC-Nutrient-Requirements-for-Adult-Cats-Maintenance.pdf

[2] U.S. Food and Drug Administration. (n.d.). “Complete and Balanced” Pet Food. https://www.fda.gov/animal-veterinary/animal-health-literacy/complete-and-balanced-pet-food

[3] FEDIAF (European Pet Food Industry Federation). (2024). Nutritional Guidelines for Complete and Complementary Pet Food for Cats and Dogs.

[4] Laflamme, D. P., et al. (2013). “Discrepancy between use of lean body mass or nitrogen balance to determine protein requirements for adult cats.” Journal of Feline Medicine and Surgery, 15(8), 691-697. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23362342/

[5] Rogers, Q. R., & Morris, J. G. (1979). “Essentiality of amino acids for the growing kitten.” Journal of Nutrition, 109(4), 718-723.

[6] Nguyen, P., et al. (2004). “High protein intake affects lean body mass but not energy expenditure in nonobese neutered cats.” Journal of Nutrition, 134(8), 2084S-2086S. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15284408/

[7] Vasconcellos, R. S., et al. (2009). “Protein intake during weight loss influences the energy required for weight loss and maintenance in cats.” Journal of Nutrition, 139(5), 855-860. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19261729/

[8] Hewson-Hughes, A. K., et al. (2011). “Geometric analysis of macronutrient selection in the adult domestic cat, Felis catus.” Journal of Experimental Biology, 214(6), 1039-1051.

[9] Hewson-Hughes, A. K., et al. (2012). “Balancing macronutrient intake in a mammalian carnivore: disentangling the influences of flavour and nutrition.” Royal Society Open Science, 3(6), 160081.

[10] van Rooijen, C., et al. (2014). “The Maillard reaction and pet food processing: Effects on nutritive value and pet health.” Nutrition Research Reviews, 27(1), 17-30. https://www.cambridge.org/core/journals/nutrition-research-reviews/article/maillard-reaction-and-pet-food-processing-effects-on-nutritive-value-and-pet-health/E085D3648D6A209003AB4D0DB72DB8B2

[11] de Oliveira, L. D., et al. (2015). “Reactive lysine content in commercially available pet foods.” Journal of Animal Physiology and Animal Nutrition, 99(Suppl 1), 83-91. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4473178/

[12] Rutherfurd, S. M., et al. (2007). “Effect of heat damage in an autoclave on the reactive lysine contents and digestible reactive lysine contents of 10 grain legumes.” Journal of Agricultural and Food Chemistry, 55(24), 9888-9895. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18047283/

[13] Hall, J. A., et al. (2018). “Cats with IRIS stage 1 and 2 chronic kidney disease maintain body weight and lean muscle mass when fed food having increased caloric density, and enhanced concentration of carnitine and essential amino acids.” Journal of Veterinary Internal Medicine, 32(4), 1240-1247. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6589452/

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