前回#1.鉄分は基本リサイクルで回る―鉄は必須栄養素なのに”酸化の火種”
なぜ”形”で安全性が変わる?
同じ「鉄」なのに、なぜ違うのか
前回の記事では、猫の鉄代謝が「リサイクル主体」であり、排泄できないからこそ過剰摂取が蓄積リスクになることを見てきた。しかし、もう一つ重要な問題がある。それは「鉄の形態」によって、安全性が大きく変わる]という事実だ。
肉やレバーに含まれる「自然な鉄」と、キャットフードに添加される「サプリの鉄」。どちらも化学的には「鉄」だが、体内での振る舞いはまったく異なる。なぜ「形」がこれほど重要なのか。そのメカニズムを掘り下げていこう。
自然な鉄(ヘム鉄)――タンパク質に守られた安全な形
ヘム鉄の構造
肉やレバーに含まれる鉄は、主にヘム鉄と呼ばれる形態だ¹。ヘム鉄は、鉄イオンがポルフィリン環という有機構造に包まれ、さらにタンパク質(ヘモグロビンやミオグロビン)と結合した状態で存在する。
この構造が重要なのは、鉄イオンが「むき出し」にならないためだ。ポルフィリン環が鉄を物理的に囲み込み、タンパク質がさらにその外側を覆っている。これにより、鉄が直接酸素や脂質と反応するリスクが大幅に低下する。
高い吸収効率と安全性
ヘム鉄は小腸でそのままの形で吸収される²。ヘム鉄は「ヘムのまま」吸収される経路が示唆され、エンドサイトーシス様機構や未同定トランスポーターの関与が報告されている※1。
吸収率は15〜35%と高く²、しかも吸収過程で遊離した鉄イオンとして振る舞う時間が短い。つまり、「裸の鉄」として酸化ストレスを引き起こすリスクが低いのだ。
さらに、ヘム鉄の吸収は食事中の他の成分(フィチン酸、タンニン、カルシウムなど)の影響を受けにくい。非ヘム鉄がこれらの成分によって吸収を阻害されるのとは対照的だ。
体内での安定性
吸収されたヘム鉄は、体内でヘムオキシゲナーゼという酵素によってポルフィリン環から鉄が切り離される。しかしこの過程も制御されており、遊離した鉄はすぐにフェリチンやトランスフェリンに結合する。
つまり、ヘム鉄は「入口から出口まで、常に何かに包まれている」のだ。
人工的な鉄(サプリ添加鉄)――「裸の鉄」のリスク
キャットフードの鉄は添加サプリ由来
総合栄養食では実務上ほぼ例外なく、ミネラル・プレミックスで鉄が設計添加される(硫酸鉄、フマル酸鉄、グルコン酸鉄、各種アミノ酸キレートなど)³。原材料表示を見ると「ミネラル類:鉄分(硫酸鉄、フマル酸第一鉄、グルコン酸鉄、鉄アミノ酸キレートなど)」といった記載がある。
肉やレバー由来の天然鉄も微量含まれているが、加工・加熱工程で減少するうえ、NRC(米国科学アカデミー)、AAFCO(米国飼料検査官協会)、FEDIAF(欧州ペットフード工業会連合)が定める必須基準を満たすには不十分だ。そのため、必ず「人工的に合成・抽出された鉄塩」を添加する設計になっている。
無機鉄塩の問題点
最も一般的な添加鉄は、硫酸鉄(FeSO₄)、フマル酸鉄(C₄H₂FeO₄)、グルコン酸鉄などの無機鉄塩だ。これらは安価で入手しやすいため、特に低価格フードで多用される。
しかし、無機鉄塩には大きな問題がある:
吸収率が低い
非ヘム鉄の吸収率は5〜15%程度とヘム鉄より低い⁴。そのため、基準値を満たすために過剰に添加される傾向がある。
吸収過程で遊離しやすい
無機鉄塩は胃酸によって溶解され、腸管内で一時的に「裸の鉄イオン(Fe²⁺)」として存在する。この状態で、腸管内の酸素や過酸化水素と反応し、フェントン反応を引き起こす⁵。
腸管粘膜への酸化ストレス
フェントン反応で生成されたヒドロキシラジカル(•OH)は、腸管粘膜の細胞を傷つける。これが胃腸トラブル(吐き気、下痢、便秘)の原因になることがある。
未吸収鉄による腸内細菌の乱れ
吸収されなかった85〜95%の鉄は、腸管内に残る。この過剰な鉄は病原性細菌(サルモネラ、大腸菌など)の増殖を促進し、有益な乳酸菌を抑制する⁶。結果として腸内環境が悪化し、炎症性腸疾患のリスクが高まる。
キレート鉄の限界
キレート鉄(鉄アミノ酸キレート)は、鉄イオンをアミノ酸(グリシン、メチオニンなど)と結合させることで吸収率を改善しようとした形態だ。
確かに無機鉄塩よりは吸収率が高く、胃腸トラブルも少ないとされる⁷。しかし、キレート化で消化管での遊離鉄は減りうるが、製剤・保存条件により酸化連鎖の起点をゼロにはできない。それでもヘム鉄ほどの安定性や吸収効率には及ばない。
酸化の連鎖:鉄が脂質を破壊するメカニズム
フェントン反応――酸化の起点
鉄イオン(特に二価鉄Fe²⁺)が過酸化水素(H₂O₂)と反応すると、フェントン反応が起こる⁸:
Fe²⁺ + H₂O₂ → Fe³⁺ + OH⁻ + •OH
この反応で生成されるヒドロキシラジカル(•OH)は、地球上で最も反応性の高いフリーラジカルの一つだ。細胞膜の脂質、特に多価不飽和脂肪酸(PUFA)を無差別に攻撃する。
脂質過酸化の連鎖反応
ヒドロキシラジカルが脂肪酸から水素原子を引き抜くと脂質ラジカル(L•)が生成され、これが酸素と反応してペルオキシルラジカル(LOO•)となり、さらに別の脂肪酸を酸化する⁹。こうして連鎖反応が起こり、過酸化脂質(LOOH)が蓄積していく。一つのヒドロキシラジカルから、数十〜数百もの脂質分子が酸化される可能性がある。
有害な二次生成物
過酸化脂質はさらに分解され、マロンジアルデヒド(MDA) や4-ヒドロキシノネナール(4-HNE) などの有害な二次生成物を生み出す¹⁰。これらは:
- タンパク質と結合して機能を損なう
- DNAを損傷し、変異を引き起こす
- 細胞死を誘発する
つまり、鉄による酸化は「脂質が壊れる」だけでは済まず、細胞全体の機能障害につながるのだ。
フード中での酸化―保存期間中に進行
総合栄養食は「鉄+油脂(魚油・植物油)」という組み合わせが必須だ。魚油や植物油には、EPA、DHA、リノール酸などのPUFAが豊富に含まれる。これらは栄養的に重要だが、同時に酸化されやすい。
製造直後から保存期間中、添加された鉄イオンとPUFAが接触すると、フード内で徐々に脂質過酸化が進行する¹¹。開封後の室温保管でPUFA酸化指標(過酸化物価・アルデヒド生成)の上昇が観察された報告がある。抗酸化剤は遅延はするが完全抑制は困難¹²。
この酸化は:
- 風味の劣化(油臭い、酸っぱい)
- 栄養価の低下(ビタミンEなどの抗酸化ビタミンの消費)
- 過酸化脂質の蓄積
を引き起こす。そして猫が摂取した後も、体内で酸化ストレスとして影響を及ぼす可能性がある。
体内での酸化―二重のダメージ
猫がフードを食べると、以下の二つの経路で酸化ストレスが発生する:
- フード中にすでに蓄積された過酸化脂質を摂取
→体内で有害なアルデヒド類に変換され、細胞を傷つける - 未反応の添加鉄が体内で脂質を酸化
→腸管、肝臓、血管などでフェントン反応が起こり、新たな酸化ストレスを生む
つまり、「保存中の酸化」と「体内での酸化」という二重のダメージを受けることになる。
メーカーの対処法:抗酸化剤の役割と限界
開封後の実践的な対策
フードの酸化を最小限に抑えるため、以下の点に注意する:
小分け保存
開封後は小分け容器やジップロックに分けて保存し、空気との接触を最小限にする。
遮光・密封
光は酸化を促進するため、遮光性の容器に入れる。密閉容器で酸素を遮断する。
低温保存
冷暗所(15〜20℃以下)で保存。冷蔵庫保存も可能だが、結露に注意し、出し入れ時の温度変化を避ける。
早期使用
開封後は1ヶ月以内に使い切る。小分けパックの活用が効果的。
合成抗酸化剤
フードメーカーは脂質過酸化を抑えるため、抗酸化剤を使用してきた。代表的なものにBHA(ブチルヒドロキシアニソール)、BHT(ブチルヒドロキシトルエン)、エトキシキンがある。
これらは強力な抗酸化作用を持ち、フードの保存性を大幅に向上させる。しかし、安全性への懸念から使用量が規制されており¹³、消費者の間でも敬遠される傾向がある。
天然系抗酸化剤
近年は、ローズマリー抽出物(カルノシン酸、カルノソール) やトコフェロール(ビタミンE)、アスコルビン酸(ビタミンC) などの天然系抗酸化剤が主流になっている。
これらはフリーラジカルを捕捉し、連鎖反応を止める働きをする。ビタミンEは自らがラジカルになることで脂質ラジカルの連鎖を止め、生成されたビタミンEラジカルはビタミンCによって再生される。
しかし、合成抗酸化剤に比べると効力が弱く、保存期間が長くなるほど効果が減衰する¹⁴。特に開封後は酸化が急速に進むため、完全に防ぐことは難しい。
限界
どんなに抗酸化剤を添加しても、保存期間中に酸化を完全に止めることはできない¹⁵。また、抗酸化剤自体が消費されていくため、時間とともに防御力は低下する。フードの保存条件(温度、湿度、光、酸素)によっても酸化速度は大きく変わる。
手作り食との対比
手作り食の利点
手作り食では、鉄は主に肉や臓器(特にレバー)から摂取される。これらはヘム鉄の形態であり、タンパク質に結合した安定状態だ。余分にサプリで鉄を添加する必要がないため、「裸の鉄」が体内で酸化反応を起こすリスクは低い。
また、新鮮な食材を使うことで、酸化した脂質や過酸化脂質の摂取を最小限に抑えられる。調理直前に肉を解凍し、調理後すぐに与えることで、酸化の進行を防げる。
手作り食の注意点
ただし、手作り食にも酸化リスクは存在する。
保存中の酸化
レバーや赤身肉は鉄を多く含むため、保存中に酸化しやすい。レバーが茶色っぽく変色するのは、ヘム鉄が酸化した証拠だ。
対策として:
- 空気に触れる時間を最小限にする
- 小分けにして急速冷凍する(-18℃以下)
- 真空パックやラップで密閉する
- 解凍後は早めに使い切る(24時間以内)
調理中の酸化
加熱調理では、鉄は二価(Fe²⁺)から三価(Fe³⁺)へ酸化され、むしろ安定化する面もある¹⁶。しかし、鉄と脂質(特にPUFA)を長時間高温で加熱すると、脂質過酸化が促進される¹⁷。
対策として:
- 長時間・高温ほど酸化は進みやすい。短時間・中温調理を心がけ、PUFA豊富な油は仕上げ添加が無難
- 魚油やオメガ3脂肪酸を豊富に含む食材(青魚など)と、鉄の多いレバーを同時に長時間加熱しない
栄養バランスの管理
手作り食では、鉄だけでなく他のミネラルやビタミンのバランスを取ることが大事。特に猫に必要なタウリン、ビタミンA、アラキドン酸などは、適切な食材選択がなければ不足する。
対策として:
- 定期的に血液検査で栄養状態をチェックする
- 必要に応じて、最小限のサプリメント(タウリン、ビタミンEなど)を追加する
抗酸化ビタミン(ビタミンE、ビタミンC、ビタミンA)を含む食材を組み合わせることで、体内での酸化ストレスを軽減できる:
- ビタミンE: かぼちゃ、アボカド(少量)、ひまわり油
- ビタミンC: 猫は体内で合成できるが、ストレス時には不足しやすい。ブロッコリー、パセリなど
- ビタミンA: レバー、卵黄(猫はβ-カロテンをビタミンAに変換できないため、動物性源が必須)
まとめ:鉄の形によって安全性が変わる
鉄は必須栄養素だが、その形態によって安全性は大きく異なる。
総合栄養食(キャットフード)
実務上ほぼ例外なく添加鉄を含んでいる。この添加鉄は無機鉄塩やキレート鉄の形で、体内で一時的に遊離しやすく、酸化ストレスの火種になる。
さらにフード中の脂質(特にPUFA)と組み合わさることで:
- 保存中: フード内で脂質過酸化が進行し、過酸化脂質が蓄積
- 体内: 未反応の鉄が腸管や肝臓でフェントン反応を起こし、新たな酸化ストレス
メーカーは抗酸化剤を添加して対策しているが、完全に防ぐことはできない¹⁸。
加えて、品質や管理の不透明さ、製造ばらつき、保存中の酸化進行など、基準内であっても実際の安全性は保証されていない。
手作り食
天然鉄(ヘム鉄)中心なので酸化リスクは比較的低い。ヘム鉄は:
- タンパク質に結合した安定状態
- 吸収率が高く(15〜35%)、吸収過程で遊離しにくい
- 他の成分による吸収阻害を受けにくい
しかし、食材の保存管理や調理方法には注意が必要:
- 鉄を多く含む肉やレバーは冷凍保存し、解凍後は早めに使う
- 長時間・高温加熱を避け、PUFA豊富な油は仕上げ添加
- 栄養バランスを整える
選択のポイント
どちらの食事法にもメリットとデメリットがある。大切なのは、「鉄の酸化」というリスクを理解したうえで、自分の猫に合った選択をすることだ。
総合栄養食を選ぶなら:
- 鉄含有量が明記されているフードを選ぶ
- 天然系抗酸化剤を使用しているものを優先
- 開封後は小分け・遮光・密封・低温保存で1ヶ月以内に使い切る
- 複数フード・サプリの併用を避ける
手作り食を選ぶなら:
- 食材は新鮮なものを使い、適切に保存・調理する
- 定期的な血液検査で栄養状態をチェックする
- 必要に応じて最小限のサプリメントを追加する
鉄はヒーローにも悪役にもなる二面性のある栄養素だ。その「形」を理解し、賢く付き合うことが、猫の健康を守る第一歩。
付録:鉄のタイプ比較表(ヘム鉄・非ヘム鉄・サプリの鉄)
| 種類 | 代表的な供給源 | 化学形態・例 | 吸収経路の要点 | 吸収率の目安* | 長所 | 注意点(酸化/安全性) | 猫向けメモ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ヘム鉄(食材) | 赤身肉・レバー・血液・魚 | ヘム(プロトポルフィリンIX+Fe) | ヘムのまま取り込み(複数候補機構・未同定要素あり)→細胞内でヘム分解後トランスフェリン/フェリチンへ | 15–35% | 吸収効率が高く、阻害因子の影響を受けにくい | 食材自体の酸化は管理次第(保存・解凍・再加熱) | 基本はこれで十分。レバー過多はビタA過剰に注意 |
| 非ヘム鉄(食材) | 肉・魚・卵・一部植物性食材 | Fe3+(還元後Fe2+) | 腸管刷子縁で還元→DMT1等から取り込み | 5–15%(食事要因に左右) | 食材バランスで自然に供給可能 | フィチン酸・タンニン等で吸収低下 | 主役はヘム、こちらは補助と考える |
| 無機鉄塩(添加) | 総合栄養食のミネラル premix | 硫酸第一鉄、フマル酸第一鉄、グルコン酸第一鉄 など | 胃で溶解→一時的に遊離Fe2+→DMT1 等 | 5–15%(製剤差) | コスト・規格化のしやすさ | 未吸収鉄が腸内で酸化/菌叢影響。脂質と接触で過酸化進行の火種 | 併用サプリで過剰になりやすい。開封後の酸化管理が鍵 |
| 還元鉄・炭酸鉄(添加) | 一部の強化食品・低価格配合で使用例 | 還元鉄(電解/粉末)、炭酸鉄 | 溶解性が低く可用性に依存 | 低め(条件依存) | コスト低・味影響が小さい場合 | 吸収不良→過剰添加の誘因。酸化火種は残る | ペットでは推奨度は高くない |
| 有機酸鉄(添加) | 一部のフード・サプリ | クエン酸鉄Na、乳酸鉄、グルコン酸鉄 等 | 有機酸配位で溶解性と安定性を改善 | 中~やや高(製剤差・報告ばらつき) | 消化管刺激が比較的少ない傾向 | 保存条件次第で酸化抑制に限界 | 採用事例は限定的。全体設計の一要素として |
| アミノ酸キレート鉄(添加) | プレミアム配合・サプリ | 鉄ビスグリシネート、鉄メチオネート 等 | キレートで遊離Fe2+を相対的に低減 | 中~高(報告に幅) | 吸収が安定しやすい、胃腸刺激が少なめ傾向 | コスト高。酸化連鎖の可能性をゼロにはできない | 過剰設計は不要。全ミネラルとの整合が重要 |
| ヘム鉄サプリ(添加) | 乾燥ヘム粉・ヘモグロビン原料 等 | ヘムとして供給(タンパク質結合) | ヘムのまま取り込み→体内で制御的に開裂 | 中~高(製品差) | 食材に近い挙動・阻害影響が小さい | 原料品質・匂い・酸化管理が課題 | 採用は限定的。食材で賄えるなら優先は食材 |
| 多糖類鉄複合体(IPC等) | 一部ヒト用強化材・獣医用途 | 鉄-多糖コーティング複合体 | 徐放・胃刺激低減を狙う設計 | 中(データ限定) | 胃腸副作用が少なめ報告あり | 動物データは限られる。総量管理は必須 | 汎用ではない。個別ケースで検討 |
* 吸収率はおおまかな範囲の目安(主にヒト研究に基づく)。猫固有の主経路は未解明部分もあり、条件により変動。
脚注
※1 ヘム鉄の腸管吸収:HCP1は2000年代に「ヘム輸送体」候補として注目されたが、その後PCFT(葉酸輸送体/SLC46A1)として再同定され、腸での主要ヘム輸送体とする見解は現在支持されていない。ヘム鉄はエンドサイトーシス様機構や未同定トランスポーターによる吸収が示唆され、依然として議論がある。
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