ここに並ぶ4つの研究──Plantinga(2011), Kremen(2013), Dierenfeld(2002), Kerr(2014)。
いずれも、「猫が自然界で実際に何を、どれだけ食べているのか」を科学的に解明しようとした、数少ない一次資料である。
これらの研究は、単に獲物の成分を測定しただけではない。
各研究は、得られた数値を NRC(National Research Council) や AAFCO(Association of American Feed Control Officials) の推奨値と照らし合わせ、
「自然の摂取レベル」と「人工的な基準値」とのギャップを、初めて定量的に示した。
その結果、見えてきたのは──
野生獲物の栄養レベルは、NRC/AAFCOの“推奨値”をほぼすべての項目で上回っている という事実。
一方で、市販の冷凍獲物や飼育動物では、逆に多くの栄養素で不足が見られた。
本稿では、この4つの主要研究を基に、
「獲物モデルの実際の栄養成分」と「NRC/AAFCO基準」とを正面から比較し、
“最低限の栄養”と“進化的に最適な栄養”のあいだにある差を明らかにする。
要約:この記事でわかること
-
野生獲物の栄養レベルは、NRC/AAFCO推奨値を全体的に上回る。
→ 特にタンパク質・必須アミノ酸・ミネラルで顕著。 -
市販・飼育獲物は、電解質や微量元素・脂肪酸で不足しやすい。
→ K、Na、Cl、Cu、Mn、Zn、EPA、DHAなどが不足リスク。 -
NRC/AAFCO推奨値は「欠乏症を防ぐ最低ライン」であり、最適値ではない。
→ 野生猫の摂取量は、その“安全基準”をはるかに上回る。 -
理想的な獲物モデルの鍵は「多様性×補完」。
→ 種類・年齢・部位を組み合わせ、微量栄養素を補う設計が必要。
獲物モデル栄養成分 vs NRC/AAFCO推奨値の詳細比較
研究ごとの推奨値比較まとめ
Plantinga et al. (2011) – 野生猫の食餌分析
主な発見:ミネラルが推奨値より高濃度
| 栄養素カテゴリー | 野生猫の摂取量 | NRC推奨値との比較 | 備考 |
|---|---|---|---|
| ミネラル全般 | 11.8% (灰分として) | 推奨許容量より高濃度 | 経験的方法で決定された推奨値と比較 |
| 微量元素 | 比較的高濃度 | 推奨許容量より高濃度 | 詳細な個別値は研究内で報告 |
| マクロ栄養素比率 | タンパク質52% / 脂肪46% / 炭水化物2% | – | エネルギー比率 |
重要な指摘:
「ミネラルと微量元素は、経験的方法を使用して決定された推奨許容量と比較して、比較的高濃度で摂取される」
示唆:
- 自然な食餌では、現行の推奨値より多くのミネラルを摂取している
- 進化的に適応した栄養レベルは、実験室で決定された最低値より高い可能性
Kremen et al. (2013) – カリフォルニアの野生獲物分析
主な発見:すべての主要栄養素でNRC推奨を超過
| 栄養素 | 野生獲物の含有量(DM基準) | NRC 2006推奨許容量との比較 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 総脂肪 | 11.72 ± 6.17% | 推奨値を超える | ✓ 十分 |
| 粗タンパク質 (CP) | 62.19 ± 7.28% | 推奨値を超える | ✓ 十分 |
| 必須アミノ酸 | – | すべて推奨値を超える | ✓ 十分 |
| アルギニン (Arg) | 5.63 ± 0.46 g/16g N | 推奨値を超える | ✓ 十分 |
| タウリン (Tau) | 0.92 ± 0.33 g/16g N | 推奨値を超える | ✓ 十分 |
| システイン (Cys) | 1.91 ± 0.89 g/16g N | 推奨値を超える | ✓ 十分 |
| メチオニン (Met) | 1.82 ± 0.19 g/16g N | 推奨値を超える | ✓ 十分 |
重要な結論:
「エネルギー必要量を満たすように摂取した場合、報告された種の栄養含量は、すべてのライフステージのネコ科動物に対するNRC (2006) 推奨許容量 (RA) を、総脂肪、粗タンパク質、必須アミノ酸で超える」
示唆:
- 野生獲物は栄養的に非常に豊富
- NRCの最低基準は、自然な食餌レベルより控えめに設定されている可能性
Vester et al. (2014) – 市販獲物の栄養分析
主な発見:多くのサンプルで栄養素が不足
全体的な結果:
- **20サンプル中15サンプル(75%)**で少なくとも1つの栄養素が基準値を下回る
不足が見られた栄養素の詳細
ミネラル不足
| ミネラル | 不足の頻度 | AAFCO/NRC最低推奨値との比較 | 影響 |
|---|---|---|---|
| カリウム (K) | 複数サンプルで不足 | 最低推奨濃度を下回る | 筋肉機能、電解質バランス |
| ナトリウム (Na) | 複数サンプルで不足 | 最低推奨濃度を下回る | 浸透圧調節、神経伝達 |
| 塩素 (Cl) | 複数サンプルで不足 | 最低推奨濃度を下回る | 胃酸生成、電解質バランス |
| マグネシウム (Mg) | 複数サンプルで不足 | 最低推奨濃度を下回る | 酵素機能、骨の健康 |
| 銅 (Cu) | 複数サンプルで不足 | 最低推奨濃度を下回る | ヘモグロビン合成、結合組織 |
| マンガン (Mn) | 複数サンプルで不足 | 最低推奨濃度を下回る | 骨の発達、抗酸化酵素 |
| 亜鉛 (Zn) | 複数サンプルで不足 | 最低推奨濃度を下回る | 免疫機能、創傷治癒 |
脂肪酸不足
| 脂肪酸 | 不足の頻度 | AAFCO/NRC最低推奨値との比較 | 機能 |
|---|---|---|---|
| 総脂肪 | 一部サンプルで不足 | 最低推奨濃度を下回る | エネルギー源 |
| リノレン酸 | 複数サンプルで不足 | 最低推奨濃度を下回る | 必須脂肪酸(オメガ6) |
| アラキドン酸 | 複数サンプルで不足 | 最低推奨濃度を下回る | 必須脂肪酸、炎症調節 |
| EPA | 複数サンプルで不足 | 最低推奨濃度を下回る | オメガ3、抗炎症作用 |
| DHA | 複数サンプルで不足 | 最低推奨濃度を下回る | オメガ3、脳・目の健康 |
重要な警告:
「これらのデータは、長期給餌前に食餌配合の変更を可能にする潜在的な栄養欠乏を特定する」
示唆:
- 市販の飼育獲物は、野生獲物とは異なる栄養プロファイル
- 単一種の獲物だけでは栄養的に不完全
- 補完が必要
Dierenfeld et al. (2002) – 動物園獲物の包括的分析
マクロミネラル要求量との比較
| ミネラル | 獲物の含有範囲 | 哺乳類・鳥類の要求量 (DM%) | 評価 |
|---|---|---|---|
| カルシウム (Ca) | 変動が大きい | 0.4 – 1.2% | 年齢・種により変動 |
| カリウム (K) | 獲物による | 0.2 – 1.4% | ほとんどの獲物で十分 |
| マグネシウム (Mg) | 獲物による | 0.03 – 0.1% | ほとんどの獲物で十分 |
| リン (P) | 変動が大きい | 0.3 – 0.6% | 骨の含有量に依存 |
| ナトリウム (Na) | 獲物による | 0.05 – 0.4% | ほとんどの獲物で十分 |
ビタミン要求量との比較
| ビタミン | 獲物の含有量 | 推定要求量 | 評価 |
|---|---|---|---|
| ビタミンE | 約30 IU/kg DM(分析値) | 約30 IU/kg DM | 中程度のPUFA含有食餌では十分 |
| ビタミンE | 変動大 | 150 IU/kg DM以上 | 高PUFA食餌では不足の可能性 |
| ビタミンA | 年齢とともに増加 | 種により異なる | 肝臓に蓄積 |
特記事項(産卵鳥類):
- カルシウム要求量:2.25 – 2.75% DM(最大産卵用)
- 成体げっ歯類、鳥類、爬虫類、両生類の摂取で十分
統合比較:自然な食餌 vs 推奨基準
推奨値を「超える」傾向にある栄養素
| 栄養素 | 自然な食餌での傾向 | 研究 | 意味 |
|---|---|---|---|
| タンパク質 | 推奨値を大きく超える | Plantinga, Kremen | 猫は高タンパク質に適応 |
| ミネラル全般 | 推奨値より高濃度 | Plantinga | 自然摂取量は基準より高い |
| 必須アミノ酸 | すべて推奨値超過 | Kremen | 野生獲物は栄養的に豊富 |
| 総脂肪 | 推奨値を超える | Kremen | エネルギー密度が高い |
推奨値を「下回る」リスクがある栄養素(市販獲物)
| 栄養素 | 市販獲物での傾向 | 研究 | リスク要因 |
|---|---|---|---|
| 電解質ミネラル | 不足しやすい | Vester | K, Na, Cl |
| 微量ミネラル | 不足しやすい | Vester | Cu, Mn, Zn |
| オメガ3脂肪酸 | 不足しやすい | Vester | EPA, DHA |
| 特定脂肪酸 | 不足しやすい | Vester | リノレン酸、アラキドン酸 |
| ビタミンE | 条件次第で不足 | Dierenfeld | 高PUFA食餌時 |
重要な発見:3つのパターン
パターン1:野生獲物は推奨値を超える(Plantinga, Kremen)
特徴:
- 自然環境で捕獲された獲物
- 野生猫が実際に食べているもの
- ほぼすべての栄養素で推奨値を満たすか超える
示唆: 現行のNRC/AAFCO基準は最低限の安全ラインであり、最適レベルではない可能性
パターン2:市販飼育獲物は不足が多い(Vester)
特徴:
- 飼育環境で育てられた獲物
- 75%で何らかの栄養不足
- 特にミネラルと脂肪酸で顕著
示唆: 飼育環境が栄養プロファイルを変化させ、単一の市販獲物だけでは不十分
パターン3:年齢・種類による変動(Dierenfeld)
特徴:
- 同じ種でも年齢で大きく変動
- 新生児と成体で栄養密度が異なる
- 種類による違いも顕著
示唆: 多様性(種類・年齢)が栄養バランスの鍵
実用的な意味:推奨値の解釈
NRC/AAFCO推奨値の位置づけ
【栄養レベルのスペクトラム】
最低生存レベル ───→ NRC/AAFCO推奨最低値 ───→ 野生の自然摂取レベル ───→ 過剰・有害レベル
↑ ↑ ↑ ↑
欠乏症発症 これ以下は危険 進化的適応レベル 毒性発現
(基準の位置) (実際の野生摂取)
研究から得られた重要な洞察
1. 推奨値は「最低限」であり「最適値」ではない
- NRC/AAFCO基準:欠乏症を防ぐための最低ライン
- 自然な摂取量:進化的に最適化されたレベル(より高い)
2. 野生獲物と市販獲物の乖離
| 項目 | 野生獲物 | 市販飼育獲物 |
|---|---|---|
| 栄養密度 | 高い | 変動大 |
| 推奨値との比較 | ほぼすべて超過 | 75%で不足あり |
| ミネラル | 豊富 | 不足しやすい |
| 脂肪酸バランス | バランス良好 | EPA/DHA不足 |
3. 実践的な推奨事項
野生獲物ベースの考え方を採用する場合:
- ✓ 推奨値は達成すべき最低限
- ✓ 野生レベルを目指すことでマージンを確保
- ✓ 多様性により自然なバランスを再現
市販獲物を使用する場合:
- ✓ 単一種に依存しない
- ✓ 不足しやすい栄養素を補完(ミネラル、オメガ3)
- ✓ 定期的な栄養評価
結論:推奨値比較から見える全体像
主要な発見
- 自然な食餌は推奨値を大きく上回る
- 特にタンパク質、ミネラルで顕著
- これが進化的に適応したレベル
- 市販獲物では不足のリスク
- 75%のサンプルで何らかの欠乏
- 飼育環境が栄養を変化させる
- 推奨値は安全な最低ライン
- 欠乏症予防が目的
- 最適健康レベルとは異なる可能性
実践への示唆
完璧な獲物モデル食を実現するには:
野生レベルの栄養密度
↓
多様な獲物種
↓
様々な年齢の個体
↓
適切な補完(必要に応じて)
↓
NRC/AAFCO基準を安全に超過
この比較分析は、「自然 vs 人工基準」の科学的検証であり、進化的に適応した栄養レベルが現代の基準設定より高い可能性を示唆。
参考:NRCとAAFCOについて
NRC (National Research Council)
- 米国科学アカデミー傘下の組織
- 科学的研究に基づく栄養要求量の推定
- より学術的・研究ベース
AAFCO (Association of American Feed Control Officials)
- 飼料規制当局の協会
- ペットフード業界の栄養基準
- NRCデータを基に実用的な基準を設定
両者とも最低限の栄養基準を提供するものであり、最適な健康のための推奨値とは異なる可能性があることを、これらの研究は示唆。
comment
4つの研究(Plantinga et al. 2011、Kremen et al. 2013、Dierenfeld et al. 2002、Kerr et al. 2014)を比較することで、野生と飼育の違いや、多様性の重要性、そして推奨値の本質的な意味など、とても興味深い知見が見えてきた。
特に印象的だったのは:
- 野生と飼育獲物の栄養価の違い
- 75%の市販獲物で何らかの栄養不足があるという事実
- NRC/AAFCO基準が「最低限」であり「最適値」ではない可能性
こうした科学的根拠が、肉食動物の本当の栄養ニーズを理解する上でとても重要だと改めて実感。
