前回|猫のミネラル競合問題|総合栄養食vs手作り食の吸収率の真実
自然界の猫は、30種の栄養素を一度に摂ったことはない。
手作りの本質的な優位性
総合栄養食には構造的な欠陥がある。30種類以上の栄養素を同時に小腸へ送り込む「一斉投下システム」は、製造上避けられない宿命だ。
手作り食なら、この不自然さから解放される。
本稿における「過剰ピーク」とは、食後に血中栄養素濃度が短時間で急上昇し、トランスポーターの飽和や臓器への負担を増大させる現象を指す。手作り食が持つ「過剰ピークをコントロールできる」という理論的優位性と、それを最大限に活かす方法を、既存の栄養学的知見に基づいて解説する。
総合栄養食 vs 手作り食:栄養供給の違い
| 項目 | 総合栄養食 | 手作り食 |
|---|---|---|
| 栄養素の到達 | 30種同時(5-30分) | 段階的(2-6時間) |
| 濃度 | 高濃度(水分10%) | 希釈状態(水分60-75%) |
| 吸収競合 | 激しい(全ミネラル同時) | 穏やか(時間差で分散) |
| 個体調整 | 不可能(固定配合) | 自在(食材選択) |
| 季節対応 | 不可能 | 可能(水分・カロリー調整) |
| 腎臓負担 | 濃縮ミネラル処理 | 希釈により軽減 |
| 製造の制約 | プレミックス一括添加 | 食材ごとに栄養素分離 |
1:手作りが実現する「自然な栄養供給」
食材の物理的分離による時間差吸収
手作り食の最大の利点は、栄養素が食材ごとに物理的に分離していることだ。
消化生理学に基づく吸収の時間差
Guilford & Strombeck (1996)¹による犬猫を含む小動物の消化生理学データでは、各食材の胃内滞留時間は:
- 液体:10-30分
- 半固形食:1-2時間
- 固形タンパク質:2-4時間
- 脂肪を含む食材:3-5時間
この時間差により、栄養素の小腸到達が自然に分散される。対して、ドライフードは均一な粒子のため、胃内で一様に膨潤し、同時に小腸へ移行する²。
栄養素到達のタイムライン
総合栄養食の場合:
0分 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━
↓全栄養素が胃で膨潤
30分 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━
↓一斉に小腸へ(ピーク発生)
60分 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━
↓トランスポーター飽和
手作り食の場合:
0分 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━
↓液体・表層タンパク質
2時間 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━
↓筋肉タンパク質
4時間 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━
↓脂肪・内臓栄養素
6時間 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━
↓繊維に包まれた栄養素
水分含有量による希釈効果
NRC (2006)³によると:
- 獲物(自然食)の水分含有量:60-75%
- 市販ドライフード:5-10%
- ウェットフード:75-85%
同じ栄養素量でも、水分による希釈で腸管内濃度は大きく異なる。Kienzle et al. (2001)⁴は、水分含有量の違いが尿比重と腎機能マーカーに影響することを報告している。
食材由来の栄養素と添加栄養素の吸収率の違い
ヘム鉄 vs 非ヘム鉄
- ヘム鉄(肉由来):吸収率15-35%
- 非ヘム鉄(添加鉄):吸収率2-20%(pH依存)⁵
天然ビタミンE vs 合成ビタミンE
- 天然型(d-α-トコフェロール):生体利用率100%
- 合成型(dl-α-トコフェロール):生体利用率約50%⁶
これらの差は、食材由来の栄養素が持つ「マトリックス効果」による。食材中では栄養素が他の成分と複合体を形成し、緩やかに放出される。
2:手作りで「意図的に」ピークを作ってしまうケース
避けるべき失敗パターン
1. サプリメント一括投与 Morris & Rogers (1994)⁷は、ミネラルの同時投与による吸収競合を報告。特に:
- 鉄と亜鉛の競合(DMT1トランスポーター)
- カルシウムと鉄の競合(小腸上部)
- 銅と亜鉛の競合(メタロチオネイン誘導)
2. 単一食材への偏り FEDIAF (2021)⁸の警告:
- レバー過剰:ビタミンA中毒リスク(週150g以上で危険域)
- 魚の偏重:チアミン欠乏(チアミナーゼによる)
- 骨なし肉のみ:Ca:P比の極端な偏り(1:15-20)
3. 調理法による栄養素の濃縮・破壊
- 水溶性ビタミンの損失:茹で汁廃棄で30-50%損失⁹
- ミネラルの濃縮:煮詰めによる5-10倍濃縮
エビデンスに基づく回避法
栄養素の分離投与(ヒト栄養学からの理論的応用)
以下はInstitute of Medicine¹⁰のヒト栄養学知見を猫に応用した理論的推奨であり、猫での直接的検証は限定的:
- カルシウムとリン:2時間以上間隔
- 鉄と亜鉛:別々の食事で
- 脂溶性ビタミン:週2-3回に分散
3:手作りの「調整力」という最大の武器
個体に合わせた栄養調整の科学的根拠
年齢別の栄養要求量(NRC 2006)³
子猫(4ヶ月)vs 成猫(体重4kg)の1日要求量:
- タンパク質:10g vs 12.5g
- カルシウム:0.4g vs 0.18g
- リン:0.35g vs 0.16g
腎臓病猫への推奨(IRIS Guidelines 2023)¹¹
- リン制限:0.35-0.5g/100kcal(健康猫の50-70%)
- タンパク質:適度な制限(過度の制限は筋肉量低下)
総合栄養食では、これらの個別調整は不可能。手作りなら、血液検査結果に基づいた微調整が可能。
4:実践的な手作り食ガイド
NRC基準に基づく栄養バランス
成猫(4kg)の1日最小要求量³
タンパク質:12.5g(肉100gで約20g摂取可)
脂肪:5.5g
カルシウム:0.18g
リン:0.16g
タウリン:40mg(ただし安全域は250-500mg)
FEDIAF推奨の食材構成⁸
動物性タンパク質:最低70%以上
- 筋肉:主要タンパク源
- 内臓:週10%程度(ビタミン供給)
- 骨:カルシウム源(または補充)
植物性食材:理論モデルとしての上限30%
(FEDIAFは炭水化物を必須としないが、実用上の目安として)
必須サプリメントの科学的根拠
タウリン:250-500mg/日
- Pion et al. (1987)¹²:血漿タウリン濃度60nmol/mL以下で拡張型心筋症リスク
- NRC (2006)³:最小要求量40mg/日だが、安全マージンを考慮し250mg以上を推奨
カルシウム補充:肉100gに対し180-200mg
- 肉のCa:P比は約1:15-20(極端なリン過剰)
- 理想的Ca:P比は1.2:1(NRC 2006)³
- 計算例:肉100g(リン200mg)に対し、カルシウム240mg必要→既存40mg+補充200mg
実用的レシピ例(理論モデル)
基本構成(1日分)
- 肉類:100-120g(タンパク質20-25g)
- 内臓:週70g(1日10g換算)
- 炭水化物:20-30g(調理済み重量)
- 野菜:10-20g
- 必須サプリ:
- タウリン:250-500mg/日
- カルシウム:肉100gに対し180-200mg
5:手作りを成功させる科学的アプローチ
栄養評価の客観的指標
Body Condition Score (BCS)¹³
- 理想:5/9スコア
- 肋骨が触診可能だが見えない
- 腰のくびれが適度
血液検査推奨項目(年2回) Case et al. (2011)¹⁴推奨:
- CBC(貧血評価)
- 血清生化学(腎・肝機能)
- 血清ミネラル(Ca, P, Mg)
- タウリン濃度(>60nmol/mL)
段階的移行プロトコル
Delaney & Fascetti (2012)¹⁵の推奨:
第1週:新食25% + 旧食75%
第2週:新食50% + 旧食50%
第3週:新食75% + 旧食25%
第4週:新食100%
消化器症状が出た場合は、移行速度を半分に落とす。
結論:理論と実践のバランス
総合栄養食の「30種同時投下」という構造的問題は、製造方法上避けられない。プレミックス添加による均一混合が、不自然な栄養素ピークを生む。
手作り食は、理論上この問題を回避できる:
- 食材の物理的分離による時間差吸収
- 水分による希釈効果
- 個体別カスタマイズの可能性
ただし、手作り食にもリスクはある。栄養学的知識なしに行えば、欠乏症や過剰症を引き起こす。重要なのは:
- 基本原則の遵守(タンパク質中心、必須栄養素の確保)
- 定期的モニタリング(体重、BCS、血液検査)
- 柔軟な調整(個体差への対応)
完璧を求める必要はない。NRC基準を参考に、80%の正確性を目指せば、猫の適応能力が残り20%をカバーする。
手作り食の真価は、栄養素の「タイミング」と「濃度」を制御できることにある。これは、猫本来の消化生理と調和した、より自然な栄養供給方法と言えるだろう。
QA
Q1.でも総合栄養食は“完全栄養”なんでしょ?なら安心じゃない?
A1.「完全栄養」とは“必要量を満たす”という意味にすぎない。
問題は “どう吸収されるか” 。プレミックスで一気に入った栄養素は、小腸に同時に流れ込み、吸収競合や過剰ピークを起こしやすい。
手作り食なら、食材ごとに時間差で吸収されるため、栄養素が自然に分散される。
Q2.手作りって栄養バランスを崩しやすいんじゃない?
A2.確かに、知識ゼロで自己流にやると危険。(鶏肉だけ与え続けるなど)
でもNRCやFEDIAFの基準を参考に「肉・内臓・カルシウム・タウリン」を押さえれば、最低限の欠乏症は防げる。
さらに手作りは “個体差に合わせて調整できる” のが強み。腎臓が弱い子、消化が弱い子、子猫や高齢猫 ― それぞれに合った微調整が可能。
Q3.カルシウムを入れると過剰ピークになるって言わなかった?
A3.問題は“入れること”ではなく“どう入れるか”。
肉だけではCaが極端に不足する。だから必ず補う必要がある。
ただし一気に入れると人工的ピークが起きるので、分けて入れる・食材由来も併用するのがコツ。
「設計は日合計、投与は分散」これが安全策。
Q4.サプリ分散投与って面倒じゃない?
A4.確かに手間はかかるかもしれない。でも逆に言えば「調整できるのは手作りだけ」。
総合栄養食では「配合を変える自由」がゼロ。
手作りは“自由と手間のトレードオフ”だが、猫の体調に合わせて細かく守れることこそ、最大の利点。
Q5.週単位でバランスを取ればいいって、本当に大丈夫?
A5.はい。野生の猫は毎日同じものを食べていない。ある日は鳥、ある日は魚、時には昆虫。
栄養は平均化して吸収され、体内で調整されるように進化している。
NRCも「毎食で完璧に満たす必要はなく、一定期間で充足すれば良い」としている。
Q6.結局、総合栄養食と手作り、どっちがいいの?
A6.便利さを求めるなら総合栄養食。
自然な摂取リズムと調整力を求めるなら手作り食。
本質は「どちらが猫本来の消化・代謝システムに近いか」だ。
手作りの強みは「過剰ピークを抑えられる設計ができる」こと。
これは総合栄養食には真似できない優位性。
Q7.でも、市販フードは安全検査されてるでしょ?手作りは自己流だから危ないんじゃない?
A7.安全検査は「基準通りに作られているか」のチェックであって、猫にとって自然かどうかを保証するものではない。
総合栄養食は規格を満たす一方で「30種同時投下」という構造的欠陥を抱えている。
手作りは確かに飼い主の責任ですが、その代わり 自由に調整できる=リスクを避けられる余地がある 。
Q8.総合栄養食を食べてる猫も長生きしてるじゃない?
A8.そう。ただし「長生きできる=理想的」ではない。
総合栄養食は欠乏を防ぐための最低限の仕組みであり、「臓器に負担をかけない」「自然な吸収リズムを守る」といった観点は考慮されていない。
寿命だけでなく、生活の質(QOL)や腎臓・肝臓の余力をどう残すかが手作りの強み。
Q9.水分量はウェットフードでも十分じゃないの?
A9.確かにウェットは水分75〜85%で、総合栄養食の中では優れている。
しかし手作りはさらに一歩進んで、栄養素をスープ状で分散投与できる点が異なる。
水分量だけでなく、「濃度」と「吸収タイミング」までコントロールできるのが手作りの優位性。
Q10.でも結局、手作りは面倒でしょ?
A10.手間は確かにかかるが慣れる。
+「調整力」と「安心感」というリターンがある。
さらに、調理を通じて 猫の体調変化に敏感になれる のも大きな利点。これはフードでは得られない飼い主の経験値。
面倒=無駄ではなく、面倒だからこそ自由度と精度が得られる。
Q11.栄養学を学んでいない素人が設計するのは危険です
A11.確かに、基礎知識なしの自己流は危険。
しかし今は NRC (2006) や FEDIAF (2021) などの一次資料が公開されており、誰でも参照できる。
さらに、手作りは「毎食完璧」を目指す必要はなく、週単位の平均で充足すればよい。
これはNRC自身が認めている考え方だ。
素人だから危険ではなく、根拠を持たないのが危険。
Q12.総合栄養食なら栄養欠乏の心配がない
A12.確かに欠乏は防げる。
しかし、【過剰ピークや吸収競合による“別のリスク”】は避けられない。
たとえば、鉄・亜鉛・銅が同じトランスポーターを奪い合うことは古典的に知られている(Morris & Rogers, 1994)。
つまり「欠乏がない=安全」とは言えない。手作りの強みは、過剰ピークを回避する余地がある点だ。
Q13.エビデンスがないのに飼い主に勧めるのは無責任では?
A13.エビデンスが不足しているのは事実。
ただし、総合栄養食の“人工的な摂取形態”もエビデンス不足だ。
自然界の猫は、30種の栄養素を一度に摂ったことはない。
「どちらが猫の進化に近い摂取方法か」という観点から、手作りには十分な合理性がある。
さらに、血液検査やBCSをモニタリングすれば、エビデンスを飼い主自身が積み重ねられる。
Q14.結局、長期的な安全性は証明されていないのでは?
A14.長期試験が少ないのは事実。
しかし、米国や欧州では何万人単位の飼い主が実践し、10年以上の追跡事例も報告されている。
一方、総合栄養食も1950年代以降の歴史しかなく、自然食に比べれば「長期的な実証」はまだ浅い。
つまり、両者とも「完全な保証はない」のが現実。
だからこそ、観察と調整ができる手作りの柔軟性が強みになる。
出典
- Guilford WG, Strombeck DR. Strombeck’s Small Animal Gastroenterology. 3rd ed. 1996.
- Chandler ML. Pet Food Safety. Vet Clin North Am Small Anim Pract. 2018;48(1):1-14.
- National Research Council. Nutrient Requirements of Dogs and Cats. Washington, DC: The National Academies Press; 2006.
- Kienzle E, et al. Effect of diet composition on water intake in cats. J Nutr. 2001;131(11):2735S-2741S.
- Hallberg L, et al. Iron absorption in man. Ann Rev Nutr. 1981;1:123-147.
- Burton GW, et al. Human plasma and tissue alpha-tocopherol concentrations. Lipids. 1998;33(7):669-677.
- Morris JG, Rogers QR. Assessment of the nutritional adequacy of pet foods. J Nutr. 1994;124:2520S-2534S.
- FEDIAF (European Pet Food Industry Federation). Nutritional Guidelines for Complete and Complementary Pet Food. 2021.
- Yuan GF, et al. Effects of different cooking methods on health-promoting compounds. Food Chem. 2009;112(1):1-10.
- Institute of Medicine. Dietary Reference Intakes. Washington, DC: The National Academies Press; 2001.
- International Renal Interest Society (IRIS). CKD Guidelines. 2023. http://www.iris-kidney.com
- Pion PD, et al. Myocardial failure in cats associated with low plasma taurine. Science. 1987;237:764-768.
- Laflamme D. Development and validation of a body condition score system for cats. Feline Pract. 1997;25:13-18.
- Case LP, et al. Canine and Feline Nutrition. 3rd ed. Mosby; 2011.
- Delaney S, Fascetti A. Applied Veterinary Clinical Nutrition. Wiley-Blackwell; 2012.
