手作り食に「フード基準」を機械的に当てはめる必要はない—吸収率の違いを理解する
手作り食にAAFCOやNRCの基準を厳密に当てはめようとすると、多くの飼い主が「数値が足りない」と不安になったり、逆にサプリメントで過剰摂取のリスクを抱えたりする。
しかし実は、これらの基準は「ペットフードの最終製品」のための最低基準であり、手作り食にそのまま適用する必要はない。
なぜなら、前提条件がまったく異なるから。
AAFCO/NRC基準の本来の目的
まず理解しておくべきは、AAFCO(米国飼料検査官協会)やNRC(米国学術研究会議)の基準が何のために存在するのか、という点。
これらは「商業ペットフードの最終製品が満たすべき最低基準」
- NRCは科学的研究に基づく「必要量」と「推奨量」を提示
- AAFCOは商業ペットフードが販売可能な製品として満たすべき最低基準を規定
- FEDIAFは欧州版で、AAFCOに近いがより保守的
重要なのは、これらはすべて「加工された商業フード」を前提に設計されているという点。
そして、AAFCOの公式文書にはこう記載されている:
“manufacturers must make allowances to nutrient concentrations prior to processing to account for losses during processing and subsequent storage.”[1]
(訳:製造業者は、加工および保管中の損失を考慮して、加工前の栄養素濃度に余裕を持たせなければならない。)
つまり、AAFCOは製造業者に対し、加工損失を見越して基準値より多く配合するよう指示している。
商業フードの「ブラックボックス問題」
ここで浮上するのが、商業ペットフードの大きな問題点。
メーカーは製造損失を自己管理—でも消費者には見えない
AAFCOは最終製品が基準値を満たすことを要求し、同時に製造業者に「損失分を見越して多めに配合する(overage)」よう指示している。
しかし消費者には、以下のことがまったくわからない:
何が見えないのか
- 製造過程で何がどれだけ失われたか
- 高温加工でビタミンB1が50%失われた?
- タウリンが30%分解された?
- 具体的な損失率は企業秘密
- どれだけ「上乗せ(overage)」したか
- ビタミンEを基準値の150%配合?それとも200%?
- 鉄分は基準値の何倍入れた?
- 上乗せ率は企業によって異なり、非公開
- 何を添加して補ったか
- 合成ビタミンか天然由来か
- ミネラルはキレート化されているか、単純な無機塩か
- タウリンは合成品か
- 添加物の形態と品質
- 酸化防止剤の種類
- ビタミンEは天然(d-α-トコフェロール)か合成(dl-α-トコフェロール)か
- 鉄分は吸収されやすいキレート鉄か、吸収率の低い硫酸鉄か
- 製造ロット間のばらつき
- 同じ製品でもロットによって栄養価が異なる可能性
- 賞味期限終盤での栄養価低下の程度
- 原材料の質
- 「チキンミール」は何の部位か
- 「動物性油脂」は何の動物のどの部分か
これが「ブラックボックス」と呼ばれる理由
原材料表示はあっても、最終的な栄養プロファイルがどうなっているかは消費者にはわからない。
保証分析値は最低限の情報しか提供せず、「粗タンパク質30%以上」と書かれていても:
- どんなアミノ酸組成か
- 消化吸収率はどうか
- 加工でどれだけ変性したか
- 実際には基準値の何倍入っているか
これらは一切わからない。
AAFCOは製造業者に「上乗せしろ」と指示するが、その上乗せ量は企業の裁量に任されており、消費者には見えない。[2]
この仕組みがあるから、同じAAFCO準拠フードでも中身の品質差が激しい。それに獣医も消費者も気が付いていないのも問題だ。(総合栄養食なら何でも同じだと思っているし、そう説明するペットフード屋が多い)
手作り食の透明性—すべてが見える
対照的に、手作り食では:
1. 使う食材が完全に明確
- 鶏胸肉100g
- 鶏レバー20g
- カボチャ30g
何をどれだけ使ったか、すべて把握できる。
2. 加工損失がほぼない(または自分で管理できる)
- 生で与える場合:栄養損失ゼロ
- 軽く加熱する場合:自分で調理法と時間を調整できる
- 高温・長時間の加工はしない
3. 食材の質を自分で選べる
- 新鮮なレバー
- 脂の乗った青魚
- 人間用の品質基準を満たした食材
4. 栄養素の由来がわかる
- ビタミンAは新鮮な鶏レバーから
- タウリンは生の心臓から
- オメガ3は青魚から
5. 「上乗せ」が不要
- 加工損失がほぼないため、損失を見越した上乗せ配合が不要
- 食材本来の栄養価がそのまま活きる
生物学的利用能(吸収率)の違い—同じ数値でも体への取り込みが違う
ここが最も重要なポイント。
同じ「鉄10mg」でも、生肉から摂るのと加工フードから摂るのでは、体内への吸収率がまったく異なる。
具体例:鉄の吸収率
ヘム鉄(生肉・レバー由来)
- 吸収率:15〜35%
- 他の食品成分に阻害されにくい
- そのまま吸収される
非ヘム鉄(加工フード・サプリ由来)
- 吸収率:2〜20%
- 他の成分(フィチン酸、タンニンなど)に阻害されやすい
- 吸収に複数のステップが必要
特に猫では、非ヘム鉄の吸収がさらに低く、腸管での調節余地が小さいため、生肉由来のヘム鉄の方が圧倒的に効率的。
つまり:
- 加工フードで鉄10mg配合→実際の吸収量は0.2〜2mg
- 生肉から鉄10mg摂取→実際の吸収量は1.5〜3.5mg
同じ10mgでも、体への取り込み量は最大10倍以上違う可能性がある。
他の栄養素でも同様
| 栄養素 | 生食材の利点 | 加工フードの問題 |
|---|---|---|
| 亜鉛・銅 | 動物性食材からの吸収率が高い | 植物性原料では吸収阻害物質(フィチン酸)が存在 |
| ビタミンA | 新鮮なレバーは生物学的利用能が極めて高い | 加熱・光・酸素で20〜40%分解 |
| ビタミンE | 新鮮な魚や種実から | 高温押出し・酸化で30〜70%損失 |
| タウリン | 生の心臓・魚から、加工損失なし | 缶詰加熱で30〜50%損失→添加が必須 |
| オメガ3(EPA・DHA) | 新鮮な青魚から | 高温+酸化で50%以上損失 |
| ビタミンB1 | 新鮮な肉・内臓から | 高温殺菌で50%以上損失 |
加工による栄養損失—フード基準が前提としていること
商業フードの製造では、高温・高圧・乾燥・保存の過程で、多くの栄養素が失われる。
加工での主な栄養素損失率
| 栄養素 | 損失率 | 原因 |
|---|---|---|
| ビタミンB1(チアミン) | 最大90%<sup>[1]</sup> | 高温殺菌(レトルト加工) |
| ビタミンE | 30〜70% | 高温押出し・酸化 |
| ビタミンA | 20〜40% | 光・酸素・熱による分解 |
| タウリン | 30〜50% | 缶詰加熱 |
| 不飽和脂肪酸(EPA・DHA) | 50%以上 | 高温+酸化 |
AAFCOの公式文書では、ビタミンB1(チアミン)について特記事項として「加工により最大90%破壊される可能性があるため、加工後に最低栄養濃度を満たすよう配合時に余裕を持たせるべき」[1]と明記されている。
これが、「ドライフードや缶詰にタウリン添加が義務化」された理由。
NRC/AAFCO基準は、この損失を見越して製造業者が「上乗せ配合(overage)」することを前提としている。
しかし手作り食では:
- 新鮮な肉・魚・内臓をそのまま使う
- 加工による損失がほぼない
- つまり損失を補うための上乗せ配合が不要
AAFCO/NRC基準を手作り食に当てはめたときのズレ(具体例)
| 栄養素 | 手作りで起きやすいこと | 理由 | 実践派の落とし所 |
|---|---|---|---|
| 鉄・亜鉛・銅 | 「全然届かない」と表示されがち | 基準値は加工フードの低吸収率を前提に設定 | レバー・肺・馬肉・牛赤身をローテで底上げ。生物学的利用能が高いので、基準値の7〜8割程度で十分 |
| カルシウム | サプリを入れすぎてCa:P比崩壊 | フードは骨粉強化が前提 | 骨粉やCaサプリを少量で調整。肉類のP量を見ながら「Ca:P=1:1±」を意識するだけでOK |
| ビタミンA | レバーの入れすぎで過剰 | 新鮮なレバーは生物学的利用能が極めて高い | 鶏・豚・牛レバーをローテして週2回程度に制限。基準値の5〜6割で十分 |
| ビタミンD | サプリ過剰リスク | 生の魚は吸収率が高い | 魚を週2回程度で自然に確保。サプリ追加は原則不要 |
| タウリン | 「不足」に見える | 加工で壊れる前提で基準が設定されている | 心臓・肺を毎週ローテ。生食材からのタウリンは利用効率が高いので基準値以下でも問題ない場合が多い |
| マンガン | 本当に不足 | 肉・魚にほぼ含まれない | ここだけは潔くサプリか海藻少量で補う。納豆粉や焼き海苔で”自然寄り”補強も◎ |
フード基準が想定している前提条件のまとめ
NRC(米国学術研究会議)
- 科学的研究に基づく「必要量」と「推奨量」
- 研究用飼料で得られたデータをベース
- 加工・保存による損失や吸収率の個体差への安全マージンを含む
- 商業フードでの応用を念頭に置いている
AAFCO(米国飼料検査官協会)
- 商業ペットフードの最低基準
- 最終製品が基準を満たすことを要求
- 製造業者に対し、加工・保管損失を見越して「上乗せ配合(overage)」するよう指示[1]
- 販売可能な製品としての安全性確保が目的
FEDIAF(欧州ペットフード工業会連合)
- AAFCOに近いが、より保守的
- さらに余裕を持たせた基準
3つとも「加工フード・商業流通・長期保存・製造ばらつき」を前提に設計されている。
野生モデル(BARF/Prey Model)との比較
一方で、野生の獲物モデル(BARFやPrey Model)は「自然に沿っていれば大丈夫」として数値を無視する傾向が強い。
しかしこれも、長期的に安全だと保証されているわけではない。
ただし――
それを言うならば、NRCやAAFCO、FEDIAFも、個々のペットでの長期的データを取っているわけではない。
これらの基準も、限られた研究データと安全マージンに基づいた「推定値」。
現実的な落とし所:中道アプローチ
「自然を尊重しつつ、科学的に不足しやすい部分だけ責任をもって補う」
これがもっともバランスの良い、実践的なアプローチ。
具体的には:
- ベースは自然な獲物構造を尊重
- 肉・骨・内臓のバランス
- 多様な部位のローテーション
- 生物学的利用能を考慮する
- フード基準の7〜8割を目安に
- 「足りない」と焦らない
- 本当に不足しやすい栄養素だけ最小限補う
- マンガン(肉・魚にほぼ含まれない)
- 状況によってヨウ素(海藻類で補える)
- 内臓をローテーションで取り入れる
- レバー(ビタミンA、鉄、銅)
- 心臓(タウリン、CoQ10)
- 肺(鉄、亜鉛)
- 腎臓(ビタミンB群、セレン)
- 過剰を恐れすぎず、不足を恐れすぎず
- 中間的なバランスを保つ
- 長期的な観察を重視
まとめ
手作り食にAAFCOやNRCの基準を機械的に当てはめる必要はない。
なぜなら:
1. 前提条件が根本的に異なる
- フード基準:加工・流通・保存を前提とした商業製品の最低基準
- 手作り食:新鮮な食材を作りたてで与える
2. 製造プロセスが違う
- 商業フード:製造損失を見越した「上乗せ配合(overage)」が前提
- 手作り食:損失がほぼないため上乗せ不要
3. 生物学的利用能(吸収率)が違う
- 生食材は吸収率が高い(特にヘム鉄、ビタミンA、タウリンなど)
- 同じ数値でも体への取り込み量が大きく異なる
- 特に猫は非ヘム鉄の吸収が低く、生肉由来の方が効率的
4. 加工損失の有無が違う
- 商業フード:製造過程で30〜90%の栄養損失
- 手作り食:損失がほぼない
5. 透明性が違う
- 商業フード:製造損失・上乗せ量・添加物の詳細は「ブラックボックス」
- 手作り食:何をどれだけ使ったか完全に把握できる
だからこそ、手作り食では:
- フード基準を絶対視せず
- 野生モデルを盲信せず
- 「自然の食材構造+科学的な補正」という中道アプローチ
これが、もっとも安全で実践的な道。
躍起になって基準数値を追いかけるより、多様な食材をローテーションさせ、愛犬・愛猫の状態を長期的に観察することの方が、はるかに重要。
参考文献・出典
[1] AAFCO. (2015). “AAFCO Dog and Cat Food Nutrient Profiles” – Model Bills and Regulations, Midyear Meeting Final Attachment.
https://www.aafco.org/wp-content/uploads/2023/01/Model_Bills_and_Regulations_Agenda_Midyear_2015_Final_Attachment_A.__Proposed_revisions_to_AAFCO_Nutrient_Profiles_PFC_Final_070214.pdf
[2] Pet Food Processing. (2024). “Keeping pets safe: Guidance for minimizing toxicity risks”
https://www.petfoodprocessing.net/articles/18760-keeping-pets-safe-guidance-for-minimizing-toxicity-risks
