Ca:P比=1:1〜1.3:1カルシウム比率はどこから?
猫の手作り食では「Ca:P比=1:1〜1.3:1」が必須とされることが多い。しかし、その根拠は何なのだろうか?
AAFCOやFEDIAFでも基準値が示されているが、いずれも加工フード前提で設計されている。野生型の食性とはギャップがあるかもしれない。本記事では、NRC(2006)の数値と実際の獲物(マウス・鳥類等)の栄養組成を比較し、「カルシウム比率はどこまで科学的に意味があるのか」を検討してみる。
NRC 2006 の基準値
NRC(National Research Council)の2006年版「Nutrient Requirements of Dogs and Cats」は、猫の栄養要求量を定めた最も権威ある文献だ。(古く見直しも示唆されているが)
成猫におけるカルシウム・リンの基準値(維持期):
- カルシウム最低要求量:約400mg/1000kcal ME
- リン最低要求量:約300-400mg/1000kcal ME(eSUL)
- リン安全上限(SUL):2.5-3.5g/1000kcal ME(Ca:P=0.5-1.5かつ高いP利用能を前提)
- カルシウムeSUL:2.6-4.6g/1000kcal ME
重要な点:NRCは厳密な「最適比」を規定していない。必要量の充足と安全上限内での運用、さらにリン源の形態とCa:Pの組み合わせで評価する立場を取っている。
※リン SUL の記載「リン安全上限(SUL):2.5–3.5 g/1000 kcal」とあるが、NRCは 「expected safe upper limit (eSUL)」として 2.5–3.5 g/1000 kcal を参考値的に提示している。「固定のSUL」ではなく「推定安全上限(eSUL)」
※カルシウム eSUL「2.6–4.6 g/1000 kcal」とされているが、これは NRC 本文に出てくる「上限として考えられる範囲」。絶対的な数値ではない。
この基準は「長期飼養下の安全域」を想定し、実験動物での試験結果に基づいて設計されている。
獲物の栄養組成データ
野生猫の食性研究
Plantinga et al.(2011年)の重要な研究では、27の野生猫食性研究を分析し、以下の結果を得ている:
野生猫の獲物構成:
- 小型哺乳類 78%(主にネズミ類、ウサギ)
- 鳥類 16%
- 爬虫類・両生類・昆虫 6%
栄養組成(乾物基準):
- タンパク質:62.7%(エネルギー比52%)
- 脂肪:22.8%(エネルギー比46%)
- ミネラル:11.8%(推奨値より高濃度で摂取)
- 炭水化物:2.8%(エネルギー比2%)
ただし、この研究ではCa:P比の具体的数値は明記されていない。
具体的な獲物のCa:P比(乾物基準)
| 獲物の種類 | Ca:P比 | 出典・特徴 |
|---|---|---|
| マウス(成体・全体) | 1.27:1 | Dierenfeld 2002、骨を含む全体 |
| マウス(新生児・全体) | 0.83:1 | Dierenfeld 2002、骨化不十分 |
| ラット(成体・全体) | 1.65:1 | Dierenfeld 2002、骨を含む全体 |
| ヒヨコ(1日齢・全体) | 1.44:1 | Dierenfeld 2002、骨化進行中 |
| 鶏(成体・全体) | 1.29:1 | Dierenfeld 2002、骨発達完了 |
| 筋肉のみ(全種共通) | 0.03:1 | USDA FDC、Caほぼゼロ、P豊富 |
重要な発見:
- 筋肉単体ではPが圧倒的に多く、Caはほぼゼロ
- 骨を含む全体食では多くの獲物で1.2-1.7:1の範囲に収束
- 新生子は骨化未熟のため1:1を下回りやすい
NRC基準と獲物の比較
一致点
骨を含む成体獲物の全体食は1.2-1.7:1の範囲で、NRCの安全上限前提(Ca:P=0.5-1.5)の上位側と整合する。これは偶然ではなく、基準設定の生物学的合理性を示している。※SUL評価時の前提条件
相違点
| 項目 | NRC基準 | 獲物モデル |
|---|---|---|
| 評価軸 | SUL内での総量+P源+比率の三面評価 | 全体食での自動調整 |
| 安全性の考え方 | 可溶性無機Pを警戒、SUL設定 | 天然有機Pのみ、自然淘汰による最適化 |
| 比率の扱い | 前提条件の一つ(絶対的指標ではない) | 獲物により自然変動(0.8-1.7:1) |
| 変動許容度 | 研究に基づく安全域での許容 | 季節・個体により変動 |
含意
「筋肉メイン+Ca添加」の手作り食は「骨を模倣する設計」だが、**添加するP源の形態(天然vs無機塩)**で生理的影響が大きく変わる点に注意が必要だ。
リン源と比率の科学的根拠
明確に示されているリスク
高リン食の害:
- 総P量3.6g/1000kcal ME以上:腎機能指標悪化(GFR低下、FGF-23上昇)
- 可溶性無機P:同じ総P量でも天然Pより有害性高い
- Ca:P<1.0:骨代謝異常、腎性二次性副甲状腺機能亢進症の悪化
P源による差異:
- 可溶性無機P(STPP等)3.6g/1000kcal、Ca:P=0.6 → 有害所見
- 天然P主体で総P4-5g/1000kcal、Ca:P≥1.0 → 30週間問題なし(Coltherd 2021)
市販フードの実態:
- 82製品の調査で33%がP≥3.6g/1000kcal ME
- 13製品でCa:P≤1.0を確認(Summers 2020)
比率の位置づけ
Ca:P比は重要だが、「総P量×P源の形態×Ca:P」の三面評価が現実的。単純な比率論では不十分で、NRCもこの複合的評価を前提としている。
リンは「量」より「質」
NRCのSULは加工フード前提
NRC(2006)のリン安全上限(SUL)= 2.5-3.5g/1000kcalは、あくまで「加工フードに含まれるリン酸塩」まで考慮した基準だ。
リン酸ナトリウムやリン酸カリウムなどの無機リンは吸収率が90%以上と高く、腎臓に直接的な負担をかけやすい。そのため加工フードの安全域は低めに設定されている。
自然食材に含まれるリンの実態
鶏胸肉や牛肉など、自然の食材に含まれるリン(有機リン)は吸収率が50-70%程度にとどまる。参考換算値
| 食材 | エネルギー (kcal/100g) |
リン含有量 (mg/100g) |
1000 kcalあたりの リン量 (g) |
ポイント |
|---|---|---|---|---|
| 鶏胸肉(皮なし) | 約110 kcal | 約200 mg | 1.8 g | 筋肉系では標準的 |
| 牛もも肉(赤身) | 約140 kcal | 約180 mg | 1.3 g | 鶏胸肉よりやや低い |
| 鶏レバー | 約120 kcal | 約330 mg | 2.8 g | 内臓はリンが高め |
| 豚腎臓(キドニー) | 約130 kcal | 約240 mg | 1.8 g | レバーよりは低い |
| 鶏骨付き肉(推定) | — | — | 4〜6 g | 骨を含むと一気に上昇 |
-
筋肉だけ → 1.3〜1.8 g/1000 kcal で、NRCのSUL(2.5〜3.5 g)内におさまることもある。
-
内臓(レバーなど) → 2.5〜3.0 g/1000 kcal で、SULに近づく。
-
骨を含む場合 → 4〜6 g/1000 kcal に達する。数値だけ見るとSUL超過。
「有機リン」主体なので、添加リン(無機リン)と同列に扱うのは誤り。
これは一見SULを超えているように見えるが、実際に吸収されるリン量はもっと少ない。
野生猫の獲物モデルとの整合性
Plantingaら(2011)の野生猫食性研究によると、ネズミや鳥を丸ごと食べた場合、総リン量は4-5g/1000kcal以上に達する。それでも野生猫の腎疾患頻度は飼い猫より低い傾向にある。つまり自然な形のリン摂取は猫の体に適応していると考えられる。
研究が示す本当のリスク
腎障害のリスクが明確に高まるのは:
-
可溶性の「無機リン」を多く添加した場合
-
Ca:P比が1.0未満のままリン過剰になった場合
これらの条件下で、短期間でも腎臓の変化(GFR低下・FGF23上昇など)が観察されている(Alexander 2019, Coltherd 2021)。
「リンの質」重視の意義
数字だけ見て「肉食はリン過剰で危険」と判断するのは誤りだ。問題なのは**「リンの質」= 無機リンか有機リンか**である。手作り食で肉・骨・内臓を中心にすれば、総量がSULを超えていても自然な範囲内といえる。
実務的な結論
手作り食における科学的指針
必須の回避事項:
- Ca:P<1.0(骨代謝リスク)
- 無機リン酸塩の多用(高吸収率による腎負担)
- カルシウム無添加の筋肉食(極端なP過剰)
推奨アプローチ(P源の質を重視):
- 天然由来P中心:肉・骨・内臓の有機リン(吸収率50-70%)
- Ca:P比:1.1-1.4:1を維持(成体獲物モデルとNRC前提に整合)
- 総量の目安:天然食材なら4-6g/1000kcal MEも許容範囲、無機P多用時は≤3.0g/1000kcal ME
- 時間軸:週〜月単位のバランスで評価、日々の完璧さに固執しない
「骨模倣」設計の実践
筋肉メイン食でCa添加する際の優先順位:
- 天然Ca・P源:骨粉・魚骨粉(理想的なバランス)
- 炭酸Ca+天然食材:無機Ca使用だが、P源は天然
- 無機塩組み合わせ:最終手段、厳密な計算が必要
重要なのは「カルシウムを補う」「比率1.1-1.4:1を維持」「リン酸塩添加を避ける」ことだ。
今後の展望
従来の「固定比率論」から「動的バランス論」への転換が必要:
- P源別の代謝研究:天然vs無機の生理的差異の定量化
- 個体差考慮の栄養学:年齢・腎機能・代謝状態別の最適化
- 時間軸栄養評価:日単位から週・月単位への評価軸拡張
- 獲物モデル更新:地域・季節変動を含む包括的データベース
カルシウム比率は重要な指標だが、総P管理とP源選択こそが現代の猫栄養学において最重要課題。
まとめ
Ca:P比=1:1〜1.3:1は
NRCの安全域と獲物データがちょうど重なった偶然の産物
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NRCは「1:1〜2:1」で安全域を設定。
-
AAFCO/FEDIAFも同じレンジを採用。「Ca:P=1:1〜2:1」を規定している(AAFCO 2023, FEDIAF 2020/2023)
-
獲物の実測がだいたい1.1〜1.3:1なので、ここが“理想値”として強調されるようになった。
(獲物モデルが多く 1.1〜1.4:1 で収まるため、「理想値」として広まった)
要するに、「1.2:1は神の数字」ではなく、NRCの安全域と獲物データがちょうど重なった偶然の産物。
比率そのものよりも、Ca不足やリン過剰を避けることの方が本質。
MEMO
「肉食べてたらNRCの基準SUL超える」→その通り。でも問題は“リンの質”の違い。
加工フードは 吸収率の高いリン酸塩を使うため、NRCは厳しめのSULを設定した。
手作り(肉+骨+内臓)は、有機リン主体なのでSUL数値だけで判断しなくてよい。
リンの数字だけで怖がる必要はない
お肉ベースだとどうしても 4〜6 g/1000 kcal になる。
これは獲物モデルでも同じで、自然な範囲。
注意すべきは「リン酸塩の添加」
市販フードの腎リスクは、ここに由来することが多い。
手作りでは「自然なリン源+カルシウム補給」で十分対応可能。
参考文献
- NRC (2006). Nutrient Requirements of Dogs and Cats. National Academies Press.
- Plantinga, E. A., Bosch, G., & Hendriks, W. H. (2011). Estimation of the dietary nutrient profile of free-roaming feral cats: possible implications for nutrition of domestic cats. Br J Nutr, 106(S1), S35-S48.
- Summers, S. C., et al. (2020). Evaluation of phosphorus, calcium, and magnesium content in commercially available foods formulated for healthy cats. J Vet Intern Med, 34(1), 266-273.
- Alexander, L. G., et al. (2019). Phosphorus dose-response in healthy adult cats. Br J Nutr, 122(12), 1373-1384.
- Coltherd, J. C., et al. (2021). Not all phosphorus sources are equal in terms of chronic kidney disease in cats. Br J Nutr, 125(3), 270-284.
- Dierenfeld, E. S., et al. (2002). Nutrient composition of whole vertebrate prey. In Merck Veterinary Manual.
- AAFCO (2023). Official Publication. Association of American Feed Control Officials.
- USDA FoodData Central. https://fdc.nal.usda.gov/
