要約:この記事でわかること
この記事では、脳がなぜ「糖(ブドウ糖)」を主なエネルギー源として選び、「脂質」の酸化を避けているのかを解説。
主なポイント:
- 脳は体重の2%しかないのに、全身のエネルギーの20%を消費する大食い臓器
- 脳は糖を主燃料にする理由:酸素効率が良く、酸化ストレスが少ない
- 脂質(特にPUFA)の酸化は、連鎖反応を起こして神経細胞を傷つける
- 脳は他の臓器よりPUFA含有率を低く保ち、必要な場所にだけ配置する戦略をとっている
- 日常生活で脳を守るには:糖を適切に摂り、酸化しやすい脂を控え、抗酸化物質を補給する
第1章 脳が選ぶ燃料は「糖」だった
「糖質制限は体にいい」「糖は太る」——そんな話をよく聞く。でも実は、脳は脂肪より糖を好む臓器。
体重のたった2%しかない脳が、全身のエネルギーの約20%を消費している[1,2]。そして驚くべきことに、そのエネルギーのほとんどはブドウ糖から来ている。
なぜ脳は糖を選ぶのか?
答えはシンプル:酸素を使う効率が良いからだ。
脳は常に酸素が不足するリスクと戦っている。全身の酸素消費の約20%を使う大食い臓器なのに、血流が途絶えると数分で大きなダメージを受けてしまう。だから脳は「少ない酸素で効率よくエネルギーを作れる燃料」を選んだ。それが糖3]。
もちろん、長期間の飢餓や断食のような特殊な状況では、ケトン体という別の燃料も使える。でも普段の生活では、ブドウ糖が脳の主役だ[1,2]。
1940年代の研究以来、脳のエネルギー代謝を調べると呼吸商(RQ)が0.99~1.00になることがわかっている[1]。これは「炭水化物を燃やしている証拠」で、脂肪やタンパク質を主に燃やす他の臓器(RQ=0.7~0.8)とは明らかに違う。最近の研究でも、ニューロン(神経細胞)は生きていくためにブドウ糖の取り込みと糖分解が必須だと証明されている[4]。
第2章 脂肪は効率が悪い?脳が避ける2つの理由
心臓や腎臓は脂肪酸を主な燃料として使っている。脂肪酸からはたくさんのエネルギーが取れる:グルコース1個から約30~32個のATP、脂肪酸(パルミチン酸)1個から約106個のATPだ[3,5,6]。
じゃあなぜ脳は脂肪を避けるのか?
理由① 酸素をたくさん使う
ここでたとえ話をしよう。
糖は”青い炎”、脂肪は”赤い炎”みたいなものだ。
赤い炎は長く燃えるけれど、たくさんの空気(酸素)を使う。そして煤(すす)も出る。一方、青い炎は短いけれど、少ない空気で効率よく燃え、煤も少ない。
脳は常に酸素不足と戦っている。だから少ない酸素で効率よく燃える「青い炎=糖」を選ぶわけだ[3,5]。
専門的に言うと:グルコース代謝では電子伝達系の「Complex I」という効率の良いルートを多く使える。一方、脂肪酸は「Complex II」経由が増えて、同じエネルギーを作るのに多くの酸素が必要になる[3,5]。
理由② 煤=「酸化ストレス」が増える
脂肪を燃やすと、使い切れない電子が生まれやすい。これが「酸化の火花」になって、細胞を傷つける[3,7]。
実際、糖尿病の腎臓を調べた研究では、脂肪酸を燃料にしたときのほうが、活性酸素種(ROS)の産生が30~40%も増えることがわかっている[7]。
脳は進化の過程で、「脂肪を燃やす酵素」をあえて少なくして、脂肪酸の燃焼を最小限に抑える戦略をとってきた[3]。
第3章 PUFA(多価不飽和脂肪酸)という”諸刃の刃”
DHAやEPAは「体に良い脂」として知られている。実際、これらはPUFA(多価不飽和脂肪酸)と呼ばれる脂肪酸で、脳の機能にも必要だ。
でも脳では、多すぎると酸化に弱くなるという面もある。
PUFAとは
PUFA(Polyunsaturated Fatty Acid:多価不飽和脂肪酸) は、分子の中に複数の二重結合(C=C)を持つ脂肪酸のこと。
代表例:
- オメガ3系:DHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA
- オメガ6系:アラキドン酸、リノール酸
二重結合が多いほど柔軟で機能的だけど、酸化されやすいという弱点がある。
対照的に:
- 一価不飽和脂肪酸(MUFA):二重結合が1つだけ(例:オレイン酸)
- 飽和脂肪酸:二重結合なし(例:ステアリン酸)
これらは酸化されにくい。
PUFAの酸化が危険な3つの理由
1. 酸化の連鎖反応が起きる
PUFAは二重結合が多いため、フリーラジカル(活性酸素)の攻撃を受けやすい。そして一度攻撃されると、ドミノ倒しのように連鎖反応が始まる[8,9]。
※フリーラジカルっ
「•」(ドット)がついた分子のこと。この点は「不対電子」を表していて、電子が1個だけでペアを組んでいない不安定な状態を示している。不安定だから、周りの分子から電子を奪って自分を安定化させようとする「電子泥棒」みたいな存在。
- •OH(ヒドロキシルラジカル):最も反応性が高い活性酸素の一つ
- LOO•(脂質ペルオキシルラジカル):酸化された脂質
連鎖反応の流れ:
- •OHがPUFAから水素を奪う
- PUFA自身がラジカルになる(L•)
- 酸素と反応してLOO•になる
- LOO•が別のPUFAを攻撃→繰り返し
理論上は、1個のラジカルから無限に酸化が広がる可能性がある[8]。
2. 毒性物質ができる
PUFA酸化の副産物として、4-HNE(4-ヒドロキシノネナール)やMDA(マロンジアルデヒド)といった有害物質が生まれる[10,11,12]。
これらは:
- DNAやタンパク質を傷つける
- 細胞膜を硬くする
- 学習や記憶の能力を低下させる
- 神経細胞に毒性を持つ[10,12]
3. 細胞死を引き起こす
最近注目されているのが、フェロトーシスという細胞死だ[13,14]。
※フェロトーシスとは
鉄(ferro)依存的に起こる細胞死のこと。PUFAの過酸化が主な原因で、細胞が死んでしまう現象。
リポキシゲナーゼ(LOX)という酵素がPUFAを酸化し、脂質ヒドロペルオキシドが蓄積すると、細胞は死に至る。唯一の防御手段はGPX4(グルタチオンペルオキシダーゼ4)という酵素だけ[9,14]。
実際、GPX4をなくしたマウスは生まれる前に死んでしまい、成体で失うと脳の海馬が壊れて死んでしまう。脂質の酸化を止めることが、生きていくために絶対に必要なのだ[9]。
実際の病気との関係
パーキンソン病の患者さんの脳では、PUFAが減っているのに、過酸化脂質(MDA)は増えている[15]。これは「脳がPUFAの酸化を避けるために、PUFAを減らそうとしている」可能性を示している。
アルツハイマー病でも、脳に4-HNEやMDAが蓄積して、記憶に関わるタンパク質が減っていることがわかっている[12,16]。
第4章 脳は”脂の設計”を変えていた
ここからが面白いところだ。
心臓は「燃料タンク型」、脳は「省エネ型」
心臓や肝臓、腎臓は、細胞膜にPUFAをたっぷり含んでいる(90%以上)。まるで「燃料タンク型」[17,18]。
一方、脳の細胞膜のPUFA含有率は約60%。他の臓器より明らかに少ない[17,18]。
つまり脳は、「燃えにくい構造」にして、酸化ストレスを避けている。
でもPUFAを完全に排除しているわけじゃない
脳はPUFAを必要な場所に必要なだけ配置している[19]。
PUFAを含むリン脂質は:
- 膜を曲げやすくする
- 小胞(神経伝達物質を運ぶ袋)の形成を助ける
- 膜の融合を促進する
特にシナプス小胞(神経伝達物質を運ぶ小さな袋)や軸索の先端では、DHAやアラキドン酸を含むリン脂質が重要な役割を果たしている[19]。
つまり脳は:
- 減らす:全体のPUFA含有率は低めに保つ
- 守る:抗酸化酵素(GPX4など)で酸化を防ぐ
- 使う:必要な場所には適切にPUFAを配置
この「減らす・守る・使う」のバランスが脳の防御戦略だ。
第5章 脳を守る日常設計:糖で燃やし、酸化を防ぐ
この知識を日常生活にどう活かすのであれば…
基本の考え方
「糖は燃料、脂は素材」
脳を元気に保つには、「燃やすもの(糖)」と「作るもの(脂)」を間違えないこと。
実践アイデア
朝~昼:糖代謝を活性化
- ご飯やパン+タンパク質で、糖代謝をスムーズに
- 例:ご飯+納豆+卵、全粒粉パン+チーズ+果物
夜:酸化しやすい脂を控える
- 植物油(特にリノール酸の多い油)や揚げ物を控えめに
- オリーブ油(オレイン酸)やバター、ココナッツ油など、酸化しにくい脂を中心に
- 魚のDHA/EPAは必要だけど、サプリで過剰摂取するより、食事で適量を
抗酸化物質を意識
脳を守る「消火器」を常備:
- ビタミンE:ナッツ、アボカド、ほうれん草
- ビタミンC:果物、野菜
- セレン(GPX4の材料):魚、卵、ブラジルナッツ
避けたいこと
- 古い油:酸化した油は4-HNEやMDAの宝庫
- 極端な糖質制限:脳の主燃料を奪うことになる
- PUFAサプリの過剰摂取:抗酸化物質が不足していると逆効果
最後に
脳は驚くほど賢い臓器。
何億年もの進化の中で、「糖を主燃料にして、脂質の酸化を最小限に抑える」という戦略を編み出してきた。同時に、PUFAを完全に排除するのではなく、「必要な場所に必要なだけ配置し、徹底的に守る」という繊細なバランスをとっている。
できることは、この脳の戦略を邪魔しないこと。
糖を適切に摂り、酸化しやすい脂を控え、抗酸化物質を補給する。
シンプルだけど、これが脳を長く元気に保つ秘訣。
参考文献
[1] Dienel, G.A. (2019). Brain glucose metabolism: Integration of energetics with function. Physiological Reviews, 99(1), 949-1045.
[2] Mergenthaler, P., Lindauer, U., Dienel, G.A., & Meisel, A. (2013). Sugar for the brain: The role of glucose in physiological and pathological brain function. Trends in Neurosciences, 36(10), 587-597.
[3] Schönfeld, P., & Reiser, G. (2013). Why does brain metabolism not favor burning of fatty acids to provide energy? Reflections on disadvantages of the use of free fatty acids as fuel for brain. Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolism, 33(10), 1493-1499.
[4] Li, H., Sei, Y., et al. (2023). Neurons require glucose uptake and glycolysis in vivo. Cell Reports.
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