野生の食卓を、もう一度覗いてみよう。
猫の食性を語るとき、最も信頼できる答えは“獲物そのもの”の中にある。
ここに、4つの研究論文がある。
それぞれは異なる角度から「猫が自然界でどのような栄養を摂取してきたのか」を解き明かそうとした試みだ。
- 2011年、Plantingaらは世界各地の野生猫の食餌を解析し、猫という種の「代謝の原点」を描き出した。
- 2013年、Kremenらは北カリフォルニアの野生獲物を直接分析し、飼育下のマウスやラットとはまったく異なる実像を示した。
- 2002年、Dierenfeldらは動物園で使われる獲物の栄養成分を体系化し、「獲物=完全食」という幻想に初めて疑問を投げかけた。
- 2014年、Kerr(旧Vester)らは市販の冷凍獲物を調べ、現代製品の多くが本来の獲物プロファイルから乖離している現実を突きつけた。
これら4つの研究は、“獲物モデル(whole-prey model)”を科学的に裏づけるほぼ唯一の一次資料群。
言い換えれば、猫が数百万年かけて最適化してきた「栄養の設計図」を読み解く鍵。
このページでは、それぞれの研究が示した主要な知見と、4本を貫く共通の結論──
「野生の完全性とは何か」「現代の冷凍獲物はどこまで再現できているのか」──を整理し、
“獲物モデルの理想と現実”を科学的に可視化していく。
Plantingaで見えた「理想プロファイル」
Kremenで見えた「野生vs飼育」
Dierenfeldで見えた「年齢・性別変動」
Kerrで見えた「現代市販獲物の現実」
この4つの研究を総合すると、猫が本来摂取してきた「自然な獲物由来の栄養プロファイル」と、その栄養的示唆が明確になる。分野的にはこのセットで“獲物モデルの一次データ系統”とされており、以下の4つの観点で整理。
猫は完全肉食であり、炭水化物寄与は極小(~2%)
Plantinga et al. (2011) が決定的に示したのは、
猫の自然食は乾物で「タンパク質63%、脂質23%、灰分12%、炭水化物3%」であり、エネルギー比はタンパク質52%、脂質46%、炭水化物2%。
つまり、自然界の猫は糖質をほとんど摂らず、消化管内容物からわずかに取り込むだけという事実。
この“macronutrient signature(高タンパク・高脂肪・低炭水化物)”こそが、猫の代謝・腎臓・肝臓・ホルモン系の長期適応を形づくっていることを裏付けている。
「飼育獲物」と「野生獲物」では栄養組成が異なる
Kremen et al. (2013) はカリフォルニアの野生マウス・ラットなどを直接分析し、
野生個体は飼育個体より脂質が少なく灰分が多い。
と報告。飼育条件で脂質が過剰になり、タンパク質密度が相対的に低下していることを実測。
これは「ラット・マウスを給餌モデルにする際、野生プロファイルとは異なる」という注意喚起。
また、アミノ酸分析ではタウリン(0.92 g/16 g N)やメチオニン・システイン含量が十分であることが確認され、猫の必須アミノ酸要求を自然に満たしている点も示唆。
栄養組成は獲物の年齢・性別・種で大きく変動する
Dierenfeld et al. (2002) は、動物園給餌用の各種脊椎動物を分析し、
成長段階でミネラル構成が変わる(CaとPを除き、他の元素は新生児で相対的に高い/成熟とともに脂質が増加)
ビタミンAは年齢とともに肝臓へ蓄積
去勢死体は脂肪が少なく、成熟個体より低エネルギー
と報告。
つまり「どの種を、どの年齢で、どの部位ごとに与えるか」で栄養密度が大きく変わる。
獲物モデルを固定比で構築するのではなく、複数種×複数年齢のローテーションが必須であることを裏付け。
市販の冷凍獲物はしばしば栄養不足
Kerr (=Vester) et al. (2014) が市販20サンプルを分析した結果、
15/20で少なくとも1栄養素が不足。欠乏しやすいのはK、Na、Cl、Mg、Cu、Mn、Zn。
脂肪酸でもEPA、DHA、AAが不足傾向。
つまり、現代の“冷凍whole-prey”は自然の獲物=完全栄養ではない。
加工・飼育条件・餌の違いにより、微量元素・必須脂肪酸が欠けやすく、サプリや食材補正が不可欠であることを明示。
総合的な結論(4研究の通底)
| 観点 | 共通結論 |
|---|---|
| 食性 | 猫は完全肉食(obligate carnivore)で炭水化物摂取はほぼ不要。 |
| マクロ構成 | 乾物換算でたんぱく質60〜65%、脂質20〜25%、灰分10〜12%、糖質3%前後。 |
| 飼育 vs 野生 | 飼育獲物は脂質過多・ミネラル希薄になりがち。野生獲物とは異なる。 |
| 年齢効果 | 成長段階・成熟度で栄養密度が変わる(特にミネラル・脂溶性ビタミン)。 |
| リスク | 単一種/単一年齢獲物では欠乏(特にNa/K/Cl/Mg/Cu/Mn/Zn、D/E、EPA/DHA)。 |
| 実践的指針 | 多様な獲物を組み合わせ、微量元素と必須脂肪酸を補うこと。 |
研究の限界と今後の展望
-
これらはすべて2014年以前のデータであり、
以後は「消化率・吸収率・AAパターン」研究が中心で、新しい全体プロファイル表は存在しない。 -
「獲物=完全食」という神話は誤りであり、実際には生物多様性(species diversity)こそが完全性を生む
獲物モデル栄養成分研究の詳細対比表
研究概要
| 項目 | Plantinga et al. (2011) | Kremen et al. (2013) | Dierenfeld et al. (2002) | Kerr et al. (2014) |
|---|---|---|---|---|
| 研究対象 | 野生猫の食餌パターン分析 | カリフォルニアの獲物の体組成 | 動物園での獲物の栄養成分 | 市販の獲物の栄養成分 |
| 研究デザイン | 既存文献のメタ分析 | 野生捕獲個体の実験室分析 | 包括的データベース構築 | 市販冷凍獲物の実験室分析 |
| サンプル数 | 55研究から27研究を選択、30の食餌プロファイルを導出 | 野生マウス(n=7)、ノルウェーラット(n=2)、ルーフラット(n=2)、ハタネズミ(n=4)、モグラ(n=2)、ゴーファー(n=3)、鳥類(n=4) | 複数種の脊椎動物(魚類を除く) | 20種類の獲物アイテム |
| 対象動物 | 野生ネコ科動物の獲物 | カリフォルニア北部・中部の小型哺乳類と鳥類 | げっ歯類、鳥類、爬虫類、両生類 | マウス、ラット、ウサギ、ヒヨコ、アヒル、ウズラ(各種年齢別) |
| 出版年 | 2011年10月 | 2013年3月 | 2002年5月 | 2014年 |
| 掲載誌 | British Journal of Nutrition | Journal of Animal Science | USDA技術報告 | Zoo Biology |
栄養成分の詳細比較(乾物ベース)
マクロ栄養素
| 成分 | Plantinga et al. (2011) | Kremen et al. (2013) | Kerr et al. (2014) |
|---|---|---|---|
| 水分(給餌状態) | 約73% | 67.35 ± 3.19% | – |
| 粗タンパク質 | 62.7% | 62.19 ± 7.28% | 34-75%(年齢・種により変動) |
| 粗脂肪 | 22.8% | 11.72 ± 6.17% | 10-60%(年齢・種により変動) |
| 灰分(ミネラル) | 11.8% | 14.83 ± 2.66% | 8-18%(年齢・種により変動) |
| 炭水化物(NFE) | 2.8% | 算出値(差分法) | – |
| 乾物 | – | – | 15-40%(給餌状態) |
| エネルギー | – | 3,929 kcal/kg DM | – |
注記: Kerr et al. (2014)の範囲値は、マウス、ラット、ウサギ、ニワトリ、アヒル、ウズラの各年齢層(1-2日齢から成体まで)を含む20サンプルの変動幅を示します。
エネルギー比率(Plantinga et al. 2011のみ)
| 項目 | 割合 |
|---|---|
| 粗タンパク質からのエネルギー | 52% |
| 粗脂肪からのエネルギー | 46% |
| 無窒素抽出物からのエネルギー | 2% |
給餌状態での栄養成分(水分73%、Plantinga et al. 2011)
| 成分 | 割合 |
|---|---|
| タンパク質 | 約17% |
| 脂肪 | 約6.2% |
| ミネラル | 約3% |
| 炭水化物 | 約0.75% |
アミノ酸組成(Kremen et al. 2013)
| アミノ酸 | 濃度(g/16 g N) |
|---|---|
| アルギニン(Arg) | 5.63 ± 0.46 |
| タウリン(Tau) | 0.92 ± 0.33 |
| システイン(Cys) | 1.91 ± 0.89 |
| メチオニン(Met) | 1.82 ± 0.19 |
注記: これらの値は複数種の野生捕獲小型哺乳類と鳥類の平均値です。
獲物の種類別詳細(Kerr et al. 2014)
サンプルの内訳
| 獲物種 | 年齢範囲 |
|---|---|
| マウス | 1-2日齢、10-13日齢、21-25日齢、30-40日齢、150-180日齢 |
| ラット | 1-4日齢、10-13日齢、21-25日齢、33-42日齢、>60日齢 |
| ウサギ | 死産、30-45日齢、>65日齢(皮付き)、>65日齢(皮なし) |
| ニワトリ | 1-3日齢、成鳥粉砕 |
| アヒル | 成鳥粉砕 |
| ウズラ | 1-3日齢、21-40日齢、>60日齢 |
栄養成分の範囲
| 成分 | 範囲 |
|---|---|
| 乾物 | 15-40% |
| 粗タンパク質 | 34-75% |
| 脂肪 | 10-60% |
| 灰分 | 8-18% |
重要な研究知見の比較
Plantinga et al. (2011)
主要な知見:
- 野生猫は完全な肉食動物である
- 炭水化物摂取は獲物の消化管内容物からのみで、非常に少ない(2%)
- ミネラルと微量元素は推奨許容量より高濃度で摂取される
- この栄養プロファイルは猫の代謝系が適応してきた食餌を反映
方法論:
- 55の研究を選別し、27研究から30の個別食餌栄養プロファイルを導出
- 除外基準:野生猫ではない、サンプル数が少ない、人間提供食物に5%以上アクセスがある
獲物の構成:
- 哺乳類:78%(主にウサギとラット)
- 鳥類:約16-20%
- その他の獲物:少量
Kremen et al. (2013)
主要な知見:
- 野生と飼育の違い: 野生で捕獲されたマウスとラットは飼育個体と比較して脂肪が少なく灰分が多い
- 飼育動物を使って野生猫の食餌を代表させることは適切でない可能性がある
- 必須アミノ酸の濃度が十分に含まれている
- エネルギー必要量を満たすように摂取した場合、NRC推奨許容量を超える
分析対象: カリフォルニア北部・中部の野生捕獲個体
- 野生マウス、ノルウェーラット、ルーフラット、ハタネズミ、モグラ、ゴーファー、鳥類
重要な発見:
- 野生マウス・ラットの粗タンパク質含量は飼育個体と同等またはやや高い
- 窒素含量とアミノ酸濃度(窒素ベース)は飼育個体と類似
- 脂肪濃度の差異が最も顕著
Dierenfeld et al. (2002)
主要な知見:
- 獲物の種類、年齢、性別、食餌によって栄養成分に大きな違いがある
- 新生児は成体と比較してミネラル濃度が異なる(多くの場合、カルシウムとリンを除き低い)
- ビタミンA濃度は年齢/成熟とともに増加し、主に肝臓に蓄積される
- 去勢した死体は同年齢の完全体と比較して脂肪濃度が低い
対象範囲: 動物園で使用される魚を除く脊椎動物全般
重要な注意事項:
- 起源、取り扱い、保管方法が栄養価に影響
- 種内でも食餌内容によって栄養組成が変動
- ほとんどの実験室飼育げっ歯類は、同種の野生個体より体脂肪が多く体タンパク質が少ない
栄養素に関する一般的な傾向:
- マクロミネラル(Ca、K、Mg、P、Na):多くの獲物で肉食動物の要求量を満たす
- ビタミンE:中程度のPUFAを含む食餌では要求量を満たす可能性があるが、高PUFA食餌では不足のリスク
- ビタミンA:肝臓に蓄積、成体獲物で高濃度
Kerr et al. (2014)
主要な知見:
- 栄養不足のリスク: 20サンプル中15サンプル(75%)で少なくとも1つの栄養素が不足
- 不足しがちな栄養素:K、Na、Cl、Mg、Cu、Mn、Zn
- 不足しがちな脂肪酸:リノレン酸、アラキドン酸、EPA、DHA
- 年齢によって栄養成分が大きく異なる
- 長期給餌前に食餌の調整が必要
対象: 市販の冷凍獲物(動物園・ペット用)
- エキゾチック肉食動物および家庭のペットネコ科動物向け
重要な警告:
- 単一の獲物種のみの給餌は長期的な栄養要求を満たさない可能性がある
- 特定のミネラルと必須脂肪酸の欠乏が懸念される
- これらのデータにより、長期給餌前の食餌配合調整が可能となる
実用的な推奨事項
全研究からの共通の結論
- 多様性が重要
- 少なくとも5種類以上の異なるタンパク質源を使用
- 様々な年齢の獲物を組み合わせる
- 異なる種類の獲物を給餌する
- 野生vs飼育の考慮
- 飼育された獲物は野生のものより脂肪が多く、タンパク質が少ない傾向
- ミネラル含量も異なる
- 栄養価が異なることを考慮した食餌設計が必要
- 栄養補完の必要性
- 単一の獲物では不足する栄養素がある
- ビタミンD、E、特定のミネラルの補給を検討
- オメガ3脂肪酸(EPA、DHA)の追加が必要な場合がある
- 獲物モデルの基本比率(実践的ガイドライン)
- 筋肉・肉:79-84%
- 骨(可食性):6-7%
- 肝臓:5%
- その他の分泌器官:5%
- 動物性繊維源(毛皮・羽根):0-5%
注記: これらの比率は、猫が自然に摂取する獲物の平均的な組織比率に基づく。
研究方法論の比較
| 項目 | Plantinga et al. | Kremen et al. | Dierenfeld et al. | Kerr et al. |
|---|---|---|---|---|
| アプローチ | メタ分析・文献レビュー | 実験室分析 | 包括的データベース | 実験室分析 |
| データソース | 既存研究のレビュー | 野生捕獲個体 | 動物園使用獲物 | 市販冷凍獲物 |
| 分析項目 | マクロ栄養素、ミネラル | マクロ栄養素、アミノ酸、灰分 | 全栄養素、ビタミン、ミネラル | マクロ栄養素、ミネラル、脂肪酸 |
| 強み | 大規模データセット | 野生個体の実測値 | 広範な種のカバー | 実用的な市販品データ |
| 制約 | 二次データ依存 | サンプル数が限定的 | 定量値は要原典確認 | 特定製品に限定 |
最新の補足知見
最近のレビュー論文(例:”Considerations on amino acid patterns in the natural felid diet”)では、アミノ酸パターンは獲物種間で比較的安定しており、多様な獲物を給餌すれば致命的な欠乏が起こる可能性は低いという報告もあります。これは、自然な食餌の多様性が栄養バランスを確保する上で重要であることを裏付け。
猫の真の栄養ニーズは、進化の過程で食べてきた自然な獲物の組成に刻まれている。現代の人工的な栄養基準は、その最低ラインを示すに過ぎないということかな。最適な健康のためには、多様な獲物による自然な食餌パターンを再現することが鍵となるが…現実問題、難しいですなぁ。まぁ、いいとこ取りをしていくためにも、このような研究は非常に有益。
参考文献
- Plantinga, E.A., Bosch, G., & Hendriks, W.H. (2011). Estimation of the dietary nutrient profile of free-roaming feral cats: possible implications for nutrition of domestic cats. British Journal of Nutrition, 106(S1), S35-S48. doi: 10.1017/S0007114511002285
- Kremen, N.A., Calvert, C.C., Larsen, J.A., Baldwin, R.A., Hahn, T.P., & Fascetti, A.J. (2013). Body composition and amino acid concentrations of select birds and mammals consumed by cats in northern and central California. Journal of Animal Science, 91(3), 1270-1276. doi: 10.2527/jas.2011-4503
- Dierenfeld, E.S., Alcorn, H.L., & Jacobsen, K.L. (2002). Nutrient Composition of Whole Vertebrate Prey (Excluding Fish) Fed in Zoos. USDA National Agricultural Library, Animal Welfare Information Center. http://www.nal.usda.gov/awic/zoo/WholePreyFinal02May29.pdf
- Kerr, K.R., Vester, B.M., Beloshapka, A.N., Villaverde, C., Citino, S.B., Gray, L.L., Fascetti, A.J., & Swanson, K.S. (2014). Commercially available avian and mammalian whole prey diet items targeted for consumption by managed exotic and domestic pet felines: macronutrient, mineral, and long-chain fatty acid composition. Zoo Biology, 33(4), 329-335. doi: 10.1002/zoo.21147
データの注意事項
- 本表の数値は、各研究の主要な結果を要約したもの
- より詳細な情報や個別サンプルのデータは、原著論文の本文および補足資料を参照すること
- Dierenfeld et al. (2002)の具体的数値範囲については、原論文のテーブルで確認推奨
- 栄養素の要求量は、動物の年齢、生理状態、活動レベルによって変動
