ペットフード業界の超加工食品論争

前回WHOの深刻な警告 超加工食品の健康リスクに関する学術的エビデンス という記事を書いて思ったのだが、人間以上に選択肢が限られているペットの場合はどうなっているんだろう、と深堀記事。


人間の食品業界で超加工食品の健康リスクが明らかになる中、同じ疑問がペットフード業界にも向けられている。市販のドライフードや缶詰の多くは、NOVA分類をペットフードに適用すれば完全にグループ4(超加工食品)に該当すると考えられる。

長期保存のための人工・合成/天然由来を問わず各種保存料、嗜好性を高める添加物、工業的に処理されたタンパク質や脂質、そして「ミール」「副産物」などの工業加工原料──これらはすべて、家庭では絶対に使わない化学物質や成分。ただし、人間用NOVA分類は確立済みだが、ペットフードには公式には適用されていない。

しかし、ペットの場合は人間以上に選択肢が限られている。

ペットフード業界の超加工食品論争:獣医師たちの分かれる見解

声を上げる獣医師たち:Dr. Donna RaditicとDr. Karen Becker

この状況に警鐘を鳴らしているのが、独立系の獣医師や研究者たちだ。

Dr. Donna Raditic(ドナ・ラディティック博士・獣医栄養学専門医)

コーネル大学獣医学部卒業で、獣医栄養学専門医(DACVN)の資格を持つRaditic博士は、Nutrition and Integrative Medicine Consultantsの創設者として、NOVAシステムをペットフードに適用すべきだと主張している。

「ペット用の正式なシステムはないが、あるべきだ。NOVAシステムに似たものをペットフードに適用すれば、人々が自分のペットに何を与えているかを理解するのに役立つ」

Raditic博士は、人間で確認されている慢性疾患の多くが現在ペットでも一般的になっていることを指摘する。「慢性腎疾患、胃腸の問題、がんなど、これらは人間の医学では食事と関連があると学んでいる疾患だ。かつてはペットの感染症を治療していたが、今日では主に慢性疾患を扱っている」

Dr. Karen Becker(カレン・ベッカー博士・統合医療獣医師)

ニューヨークタイムズベストセラー『The Forever Dog』の共著者であるBecker博士は、より直接的な表現で警告している。

「超加工食品を一生食べ続けて繁栄する動物はいない。これは地球上のすべての種について疑いの余地なく知っていることだ」

Becker博士は、種に適した未加工の本物の食事が病気の予防と回復に不可欠であり、高度に精製された超加工食品では代替できないと強調する。

革新的な研究機関:CANWI(Companion Animal Nutrition and Wellness Institute)

RaditicとBecker両博士が共同で設立したこの非営利研究機関は、ペットフード業界に対する独立した研究を行っている。

AGEs(終末糖化産物)研究の衝撃的発見

CANWIの研究チームが注目しているのは、加工食品で生成されるAGEs(Advanced Glycation End-products:終末糖化産物)だ。これは、タンパク質、脂質、炭水化物を高温で加熱する際に生じる有害な化学反応生成物で、老化の促進や慢性疾患と関連している。

驚くべき発見: 「熱加工されたペットフードを食べることで、犬の推定AGEs摂取量は成人人間の体重ベースで約120倍、猫は約40倍に達する可能性がある。これが毎食、毎日、犬や猫の生涯にわたって続く」

※ただし、これは体重あたりの摂取量の推定値であり、血中AGEs濃度や疾患との直接的因果関係までは証明されていない点に注意が必要。

独立性の重要性

CANWIの研究は、ペットフード企業からの資金提供を一切受けていない。独立研究機関が極めて少ない現状において重要な存在である。これは「ドライ、缶詰、生鮮食品を比較する初の独立、無偏見のペットフード研究」として位置付けられている。

業界側の反論:Dr. Sherry Sanderson(シェリー・サンダーソン博士)

一方で、すべての獣医師が超加工食品問題に同意しているわけではない。

企業資金を受ける研究者の見解

ジョージア大学獣医学部のSherry Sanderson准教授は、Hill’sやNestlé Purinaから研究資金を受けており、対照的な意見を表明している。

Sanderson博士の主張:

  • 「超加工という表示はペットフードの評価には関連性がない」
  • インターネット上の情報を「商業ペットフードに関する恐怖を煽ることを意図した意見ベースの情報と誤情報」と批判
  • 副産物に「蹄、毛、羽根」が含まれるという指摘を「誤情報」として否定

利益相反の透明性

Sanderson博士は自身の利益相反を次のように開示している:「現在、大手ペットフード企業から猫用フードと猫用トイレ砂の補助支援を受けており、過去に大手ペットフード企業各社から研究資金を受けている。また、大手ペットフード企業各社で講演を行っている」

深刻化する業界論争:DCM事件と20億ドル訴訟

最近、この論争は法廷に持ち込まれた。

DCM事件と26億ドル訴訟

2024年2月、KetoNatural Pet Foods社がHill’s Pet Nutritionに対して26億ドルの集団訴訟を起こした。訴訟では、Hill’sが組織的にグレインフリー食品がDCM(拡張型心筋症)の原因であると偽って宣伝し、競合他社を市場から排除しようとしたと主張している。

訴訟の核心的主張: 「Hill’sの専門科学の道具と獣医師への広範な影響力ネットワークを使い、グレインフリー食品が単なる『流行の食事』ではなく実際に犬にとって危険であるとアメリカのペットオーナーを説得することが目標だった。成功すれば、グレインフリー食品市場全体を根絶する可能性があった」

RaditicとBecker博士の視点

両博士から見れば、DCM事件は:

  • 煙幕作戦:超加工食品の根本問題から目をそらす
  • 競合排除:新興の「自然派」ブランドを潰す
  • 現状維持:既存の超加工食品システムを温存

業界の「分断統治」戦略:

  • 本当の問題:すべての商業ペットフードが超加工食品
  • 作り出された対立:グレインフリー vs 穀物入り
  • 結果:消費者は「どちらの超加工食品がマシか」を議論
  • 勝者:既存の大手メーカー

つまり、DCM事件は超加工食品業界が自らの問題を隠しながら市場支配を維持するための「偽の論争」だったというのが独立系研究者の見解。例えれば、タバコ業界が「軽いタバコ vs 普通のタバコ」論争を作り出して「タバコ自体の害」から注意をそらしたのと同じ構造。

企業の市場影響力

訴訟文書によると、Hill’sは「処方食」の最大手として獣医コミュニティとの結びつきが特に強く、「獣医推奨No.1ブランド」を自称している。FDA調査開始前の4年間でHill’sは市場シェアの20%を失ったが、調査開始後の5年間では「国内で最も急成長しているペットフード会社」となった。

独立系研究者の具体的指摘

食品表示の問題

Raditic博士は現在のペットフード表示システムの不備を指摘する:

「ペットフードのラベルは包括的でない。袋の中に実際何が入っているかわからない。だからこそ、透明性の向上とペットフード表示の改善を求める消費者の要求は現実的なものなのだ」

処方食への疑問

「超加工食品から別の超加工食品への切り替えは一時的な緩和のみを提供し、ほとんどの場合、最終的に問題は再発する」とRaditic博士は指摘する。Becker博士も「症状を覆い隠すだけで根本的治癒にはつながらない」と繰り返し強調している。

多くのペットが安価な超加工ペットフードを長期間食べ続けた結果、特定の成分に対する過敏症を発症することがある。「問題は完全な動物性タンパク質ではない。問題は工場畜産の低品質で処理された動物性タンパク質が押し出し成形され、高温処理されていることだ」

業界の構造的問題

独立系研究者らは、ペットフード業界の根本的な問題として以下を挙げている:

  1. 研究資金の偏在: 企業資金に依存する研究が業界に都合の良い結果を産出
  2. 獣医教育への影響: 大学への企業資金提供が教育内容に影響
  3. 処方食システム: 獣医師を通じた市場囲い込み戦略
  4. 規制の限界: 現行規制は「完全でバランスの取れた栄養」のみに焦点、加工による健康影響は評価外

対立する2つの見解:詳細比較

項目 業界擁護派(Sanderson博士) 独立系研究者(Raditic/Becker博士)
基本姿勢 商業ペットフードの安全性を擁護 超加工ペットフードへの警鐘
超加工食品分類 「超加工という表示は
ペットフードの評価には関連性がない」
「NOVAに似たシステムを
ペットフードに適用すべき」
商業フードの安全性 ネット上の批判を「恐怖を煽る誤情報」と批判
FDAやAAFCOのガイドラインに準拠していることを
安全性の根拠とする
「超加工食品を一生食べ続けて繁栄する動物はいない」
規制基準は最低限であり、
加工影響や食材品質は評価されていないと批判
AGEs問題 言及なし・問題視せず 「犬のAGEs摂取量は人間の120倍、猫は40倍」
原材料の品質 副産物批判を「誤情報」として否定 「工場畜産の低品質な肉、
化学物質残留が食物過敏の原因」
処方食への見解 処方食の有効性を支持 「超加工食品間の切り替えは一時的緩和のみ、
最終的に再発」
推奨ブランド 大手ペットフード企業各社 新鮮・生食・手作り食を推奨
研究の独立性 上記の大手ペットフード企業各社から資金提供 企業からの資金提供なし

現実的な課題と将来への示唆

消費者の ジレンマ

多くのペット飼い主は現実的な制約に直面している:

  • 経済的制約: 新鮮な食材は高価
  • 時間的制約: 手作り食の準備は時間がかかる
  • 知識の限界: 栄養バランスの確保が困難
  • 獣医からの強い推奨: 処方食への誘導が選択肢を制約
  • 選択肢の不足: 真に健康的な商業フードの選択肢が限定的

業界変革への期待

しかし、変化の兆しも見える:

  1. 消費者意識の向上: より健康的なペットフードへの需要増加
  2. 独立研究の拡大: CANWIのような組織の研究成果蓄積
  3. 法的責任の追及: DCM事件のような集団訴訟の増加
  4. 規制改革の可能性: 加工方法を考慮した新たな評価基準の必要性

まとめ

ペットフード業界の超加工食品論争は、単なる「意見の相違」を超えた深刻な構造問題を浮き彫りにしている。

核心的な問題:

  • 企業資金に依存する研究者と独立系研究者の見解の分離
  • 科学的誠実性への疑問(利益相反の影響)
  • ペットが実質的な「実験台」となっている現実
  • 消費者の選択権の制限

人間の食品業界でWHOが超加工食品への警告を発するまでに数十年を要した。ペット業界でも同様の変化が起こるかもしれないが、その間にも数百万匹のペットたちが毎日超加工食品を摂取し続けている。

RaditicやBecker博士のような独立系研究者の存在、そして今回の集団訴訟は、業界変革への重要な第一歩かもしれない。しかし、真の変化には消費者の意識向上が不可欠。

日本人はペットに対しては異常に優しいのに、その健康を守るための「システムへの挑戦」は絶対にしない。「うちの子のため」と言いながら、結果的に業界の言いなりだ。獣医師に「これがいい」と言われたら疑わない。せめて、業界や獣医師の言葉を鵜呑みにせず、海外の情報も含めて総合的に判断する。システムは変わらないけど、自分の選択は変えられるはずだ。

我々と暮らすペットは、自分で食べ物を選ぶことができないのだから。


主要参考文献

  1. Raditic, D. M. (2024). Should pet owners be concerned about ultra-processed pet food? Fi Global Insights, October 8, 2024.
  2. Becker, K. (2025). Species-appropriate, Real Food For Pets. Dr. Karen Becker’s Pet Health Resource, May 23, 2025.
  3. Sanderson, S. L. (2021). Pros and Cons of Commercial Pet Foods (Including Grain/Grain Free) for Dogs and Cats. Veterinary Clinics of North America: Small Animal Practice, 51(3), 529-550.
  4. Companion Animal Nutrition and Wellness Institute. (2021). Message From Our Founders. Retrieved from CANWI official website.
  5. Truth about Pet Food. (2017). Needed Pet Food Research. Retrieved from Truth about Pet Food website, May 22, 2017.
  6. KetoNatural Pet Foods v. Hill’s Pet Nutrition. (2024). Class Action Lawsuit filed in Kansas Federal Court, February 6, 2024.
  7. Raditic, D. M. (2022). Veterinary Heroes™ 2022 winner profile. DVM360, September 6, 2022.
  8. Becker, K. & Habib, R. (2021). The Forever Dog: Surprising New Science to Help Your Canine Companion Live Younger, Healthier, and Longer. New York Times Bestseller.
  9. Pet Food Industry. (2024). Lawyer analyzed US$2.6 billion DCM lawsuit against Hill’s Pet Nutrition. Petfood Industry Magazine.
  10. Truth about Pet Food. (2021). If Vets are Going to Bash Pet Owners and Their Choices. Retrieved from Truth about Pet Food website, April 1, 2021.
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