column:消された中間地点——意図的に作られた「vs」

二つの戦場

ある日、私は気づいた。

ワクチン論争とペットフード論争が、恐ろしいほど似ていることに。

どちらも本来は科学的判断の問題だった。データがあり、エビデンスがあり、リスクとベネフィットの比較考量があった。複雑で、地味で、「状況による」という答えが多い世界。

でも今、両方とも戦場になっている。

ワクチンの場合: 「ワクチン推進派(羊・製薬会社の犬)」vs「反ワクチン派(陰謀論者・科学否定主義者)」

ペットフードの場合: 「商業フード推進派(業界の犬・無知)」vs「手作り派(過激派・非現実的)」

中間が、消えた。

私が立っている場所

私はペット栄養の世界で、中間にいる。中道を意識しているといった方がわかりやすいかもしれない。

AAFCOの不備を指摘する。なぜなら、人間用食品との規制ギャップは実在するから。NRC基準の重要性を説く。なぜなら、科学的根拠があるから。でも同時に、商業フードを全否定しない。なぜなら、適切に作られたものは便利で有効だから。

すると、両側から撃たれる。

「手作り派」からは「生ぬるい。もっと強く業界を批判しろ」 「商業フード派」からは「不安を煽るな。混乱を生むだけだ」

この孤独を、ワクチン論争で中間にいた医療従事者も感じていたはずだ。

「ワクチンは統計的に有効だが、副反応リスクへの配慮も必要」と言った瞬間、両側から敵認定される。推進派からは「反ワクチンに利用される!」、慎重派からは「製薬会社の手先!」。

本来あるべき会話

研究者たちが指摘するように、COVID-19ワクチンをめぐる議論は陰謀論の拡散によって、従来の政治的な左右の対立さえも曖昧にするほど混乱した。

でも、思い出してほしい。パンデミック初期、医療従事者たちは何を言っていたか?

「mRNAワクチンは新しい技術だが、基礎研究は数十年の蓄積がある。有効性は高いが、長期データはまだない。高齢者や基礎疾患のある人には特に推奨されるが、若年層は個別にリスク評価を。副反応の報告体制を整え、透明性を確保しながら進めるべき」

これが、本来の科学的会話だった。複雑で、不確実性を含み、「絶対」がない。

ペット栄養も同じ。

「NRC基準は最も科学的根拠が強いが、すべての栄養素で最低値が確定しているわけではない。AAFCO基準は実用的だが、ビタミンD上限値など問題もある。商業フードは便利だが、原材料の質にばらつきがある。手作りは調整可能だが、栄養計算のスキルが必要。栄養計算はそこまで難しいものではない。」

これが、本来の会話だった。

なぜ中間が消えるのか

答えはアルゴリズムが、中間を嫌うから。

「状況による」という投稿のエンゲージメント率:低い 「あいつらは殺人者だ」という投稿のエンゲージメント率:高い

Facebookの内部研究は2019年に記録している:「アルゴリズムは中立ではない。反応を引き出せるコンテンツを優遇する。結果として、怒りと誤情報がバイラルになりやすい」。

プラットフォームの視点で考えてみればいい。

投稿A(中間的・科学的): 「ワクチンの有効性は複数の大規模研究で示されています。mRNAワクチンの心筋炎リスクは若年男性で若干高まりますが、COVID-19感染による心筋炎リスクより低いです。個人の状況により判断を」

リアクション:「いいね」数件。シェア少ない。コメント「参考になりました」。

投稿B(分断的・感情的): 「ワクチン打った羊たちへ。あなたたちは製薬会社の実験台。数年後に後悔しても遅い!目を覚ませ!!!」

リアクション:「怒り」マーク多数。激しい議論。シェア拡散。コメント欄が炎上。

どちらがアルゴリズムに「報酬」を与えるか? 答えは明白だ。

ニュアンスは売れない

私がMIA REPORTで書く記事は、いつも長い。

なぜなら、ニュアンス——微妙な差異、繊細な色合い、白と黒の間に広がる無数のグレーの濃淡——を伝えるには言葉が要るから。

「ペットフードは悪」なら一行で済む。シンプルで、力強く、わかりやすい。

でも現実は、そんなに単純じゃない。

「AAFCO基準には構造的問題があるが、全ての商業フードが危険というわけではなく、NRC基準に基づく評価と個体差の観察が重要」——これを説明するには、データと文脈が必要だ。比較が必要だ。「ただし」や「しかし」や「一方で」という接続詞が必要だ。

これが、ニュアンスだ。そして、これこそが真実に最も近い表現なのだ。

でもSNSは、一行を求める。画像一枚を求める。「敵」の顔写真と「こいつが悪い」というキャプションを求める。ニュアンスは、エンゲージメントを生まない。微妙な違いは、バズらない。

研究者Samuel C. Woolleyが2020年の論文で指摘したように、botの存在は三つの有害な結果を生む:影響力が悪意あるアカウントに再分配され、政治的会話がさらに分断され、誤情報の拡散が加速される

そしてbotは、ニュアンスを語らない。「敵を倒せ」しか語らない。

両側から撃たれる孤独

ある日、私はワクチン推進派の医師がSNSで攻撃されているのを見た。

彼女は「ワクチンは有効だが、副反応への不安は理解できる。丁寧に説明し、個別対応すべき」と書いた。

すると反ワクチン派から「製薬会社の犬」と罵られた。でも同時に、強硬な推進派からも「あなたの優柔不断が反ワクチンを勢いづかせる」と批判された。

彼女は泣いていたかもしれない。私には想像できる。なぜなら、私も同じ経験をしているから。

NRC基準の重要性を説いたら、「現実的じゃない。飼い主を不安にさせるだけ」と言われた。でも商業フードの選択肢も示したら、「業界に取り込まれた」と疑われた。

中間にいる人間は、両側から見ると「裏切り者」なのだ。

なぜ中間を守るのか

じゃあ、なぜ私は中間にい続けるのか?

なぜ、両側から撃たれながらも、Nuanceを語り続けるのか?

答えは簡単だ。それが、真実だから。

ワクチンは「絶対安全」でもなければ「絶対危険」でもない。ペットフードも同じ。世界は、白か黒かではない。無数のグレーの濃淡で構成されている。

そしてこのグレーの中にこそ、私たちの猫が生きている。私たちの子どもが生きている。私たち自身が生きている。

科学と感情の間で

誤解しないでほしい。私は感情を否定しない。

ワクチンの副反応で苦しんだ人の痛みは、リアルだ。 劣悪なペットフードで愛猫を失った飼い主の悲しみは、リアルだ。 その怒りは、正当だ。

でも、その正当な怒りを、誰かが利用している。

フランシス・ハウゲンが暴露したように、Facebookは「アルゴリズムを安全にすると、人々がサイトに費やす時間が減り、広告のクリックが減り、収益が減ることを理解していた」。

あなたの怒りは本物だ。でも、その怒りを「バイラル」にしているのは、あなたではない。アルゴリズムだ。

あなたの不安は正当だ。でも、その不安を「vs構造」に仕立て上げているのは、あなたではない。エンゲージメント最適化システムだ。

ペットフード論争の構造

具体的に見てみよう。ペットフード論争がどう「vs」に変質したか。

Phase 1(科学的議論の時代): 「AAFCO基準とNRC基準の違いは何か」 「トッピングの栄養バランスへの影響は」 「手作りの利点とリスクをどう評価するか」

これは、まだ対話だった。

Phase 2(SNS拡散の時代): 「○○社のフードで猫が死んだ!拡散希望!」 →大量シェア、感情的コメント

「手作りは栄養失調を起こす、獣医が警告」 →対抗する大量シェア、激しい反論

Phase 3(分断の完成): 「商業フード派」vs「手作り派」のアイデンティティ形成 →もはや科学的議論ではなく、部族間の戦争に

私がどれだけエビデンスを提示しても、「どちらの部族に属するのか」を問われる。中間地点は、敵地とみなされる。

ワクチン論争も同じ構造

Phase 1(科学的議論): 「mRNAワクチンの作用機序」 「有効性データの解釈」 「副反応の頻度と重症度」

Phase 2(SNS拡散): 「ワクチン接種後に死亡!因果関係は?拡散!」 →恐怖の増幅

「反ワクチンは科学否定、デマ拡散者」 →怒りの増幅

Phase 3(分断の完成): 「覚醒者」vs「羊」のアイデンティティ戦争 →もはや医学ではなく、信仰の対立に

ジャーナリストのMike Fisherは著書『The Chaos Machine』で指摘している:ソーシャルメディアのアルゴリズムは、集団内アイデンティティを強化し、外集団を批判する投稿に最も強い牽引力を与える。

中間を取り戻すために

じゃあ、どうすればいい?

まず、自分が「部族」に所属していないか、問いかけてみる。

ワクチンについて語るとき、あなたは科学を語っているか? それとも「覚醒者」「推進派」というアイデンティティを守っているか?

ペットフードについて語るとき、あなたは栄養学を語っているか? それとも「手作り派」「商業フード派」という所属を誇示しているか?

次に、複雑さを受け入れる。

「状況による」は、逃げではない。知的誠実さだ。 「わからない」は、無知ではない。謙虚さだ。 「両方に一理ある」は、優柔不断ではない。成熟だ。

そして最も重要なこと:相手を「敵」と呼ぶのをやめる。

私の選択

私はMIA REPORTで、これからも中間にい続ける。

AAFCOの問題点を指摘する。でも、商業フードを全否定しない。 NRC基準を目安にすることを推奨する。でも、NRCが完璧な基準ではないことも認める。 手作りの価値を説く。でも、誰にでも推奨できるわけではないことも伝える。

両側から撃たれるだろう。でも、それでいい。

なぜなら、猫は「部族」に属していないから。彼はただ、適切な栄養を必要としているだけ。彼の腎臓は、私のイデオロギーに興味がない。彼の健康は、SNSのエンゲージメント指標を気にしない。

あなたへ

次にSNSで論争を見かけたら、立ち止まって考えてほしい。

これは本当に「vs」なのか? それとも、本来はグラデーションだったものが、二色に塗り分けられただけなのか?

あなたが「敵」と呼んでいる人は、本当に敵なのか? それとも、同じように不安で、同じように答えを探している人間なのか?

研究が示すように、わずか15%のユーザーがフェイクニュースを信じるだけで、ネットワーク全体に重大な誤情報と分断が生じる。逆に言えば、85%の私たちが中間にい続ければ、潮流は変わる。

Nuance/ニュアンスの価値

最後に。

Nuanceは退屈に見えるかもしれない。 中間は地味に見えるかもしれない。 「状況による」は弱く聞こえるかもしれない。

でも、それこそが知性だ。 それこそが成熟だ。 それこそが、本当の強さだ。

分断は売られている。「vs」は作られている。

でも、私たちの心まで二色に塗り分けることはできない。

世界は、もっと美しく複雑だ。

出典

• Pew Research Center (2024). “Gaining a better understanding of online polarization by approaching it as a dynamic process.”

• Woolley, S. C. (2020). “Bots and Computational Propaganda: Automation for Communication and Control.”

• Haugen, F. (2021). Facebook whistleblower testimony and internal documents.

• Fisher, M. “The Chaos Machine: The Inside Story of How Social Media Rewired Our Minds and Our World.”

• Zareer, M. N. et al. (2025). “Maximizing Disagreement and Polarization in Social Media Networks.”

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