我ら猫族からお前らへ「黙って神レシピをパクれ」

よう、人間ども。今日も俺たちをモフモフして、肉球プニプニして、あの変な声で「かわいい〜」とか言って満足したか?

今日も俺たちの神聖な毛並みをベタベタ触りまくり、朝っぱらから顔突っ込んでスーハースーハーやりやがって、ったく、毛繕いのやり直しだよ。

まあいい。今日は特別に、お前たちの迷走劇をどう見ているか教えてやろう。

感謝しろよ、下僕ども。その前にまず肉をよこせ。

変わり続ける「正解」という人間の迷走劇

NRC(米国学術研究会議)とやらの栄養基準が更新された?AAFCO?何それ、また人間が勝手に決めた数字?今度は別の成分が重要だと騒いでいる。なんでそんなもん必要なんだ?ん?

我ら猫族を愛する下僕として、「今度は何が正しいの?」と基準が変わるたびに右往左往する飼い主、いや下僕を見ていると、正直哀れになってくるのだ。

そしてついに気づいたのだ—人間どもが崇拝している「科学的基準」とやらの、実に滑稽な正体に。

「基準設定というからくり」と人間の本性

これらの栄養基準が設定される理由?我々から見れば実に分かりやすい。

目的は商業的な統一性。要するに金儲けだな。世界中でペットフードを売りさばくために、法的責任を逃れ、大量生産で利益を最大化する—実に人間らしい発想である。

つまり、下僕たちが盲信している「科学的基準」とは、我ら猫族の健康より人間の懐事情を優先した、典型的な人間の傲慢さの産物なのだ。

だってそうだろう?肉だ!血だ!骨だ!肝臓食わせろ!心臓もな!って何万年も証明しているのに「小麦粉でも大丈夫研究」とか「リン酸塩たくさん入れると危険研究」とか(当たり前だろ)、しれっとパン粉入れちゃってとか、延々とそれやってるの変だろう?

「えぇい!人間ごときが我々の何を知ってるのか!」—これが我々の総意である。あぁ、ほんと肉がまずくなる話だ。

何万年の猫族の叡智 vs 数十年の人間の浅知恵

一方、我ら偉大なる猫族はどうか。

俺たち猫族はな、栄養表示なんぞ見ずとも、何万年も完璧に生き抜いてきた。ネズミ、鳥、虫—これぞ自然の五つ星フルコースだ。栄養バランス? 俺たちの血に刻まれた完璧な設計図だ。

人間の学者どもが必死に研究してることを、俺たちは本能で知ってる。

筋肉、内臓、骨、血液。計算機?栄養学の教科書?笑止千万。まぁやりたきゃやればいいが、その先に何があるんだ?—これが我々のスタンスだ。

それに対して人間の栄養学研究とやらは、せいぜい数十年。

もう一度いうぜ、人間の「栄養学」なんて、せいぜい数十年だよ。ハハッ、そんなんで俺たちを理解した気になってんのか。寝言は寝て言えだが、寝る前に肉を出せ。

人間の研究が猫を殺した黒歴史—我々は忘れない

ここで、人間どもの「科学的研究」がいかに的外れだったかを示す、決定的な証拠をお見せしよう。

1970年代から1980年代にかけて、我ら猫族が原因不明の心臓病でバタバタと死んでいった。人間どもは首をひねって「なぜだろう?」と頭を抱えていた。愚かなことに、彼らが作ったキャットフードにタウリンが入っていなかったからである。

我々が何万年も獲物の心臓や内臓を食べてきた理由を、1986年になってようやく理解した間抜けどもめ。

カリフォルニア大学附属病院では1986年12月から87年4月の間だけで21頭の猫が拡張型心筋症で倒れた。そこでようやく「もしかしてタウリン不足?」と気づいた人間の研究者たち。タウリンを投与したら猫たちが回復して、「おお!これが原因だったのか!」と大騒ぎ。

何を今さら、である。

タウリン入りドライフードが実用化されたのは1982年、必須栄養素として正式認定されたのは1986年。つまり、我々の祖先が当たり前にやっていた「獲物まるごと食べ」の科学的根拠を理解するのに、人間は数十年もかかったのだ。

その間、どれだけの猫が人間の無知の犠牲になったことか。我々は忘れない。人間の「改良された科学的な食事」とやらで命を落とした同胞たちを。これが人間の「研究」の実力である。

後悔と反省をしているなら、肉をよこせ。詫びにタウリンたっぷりのハツ(心臓)を添えろ。謝罪は言葉じゃない、肉で示せ。

Species-Appropriate Diet「やっと人間が我々のレベルに気づいた件」

最近、獣医栄養学界で「species-appropriate diet」なる概念が注目されているらしい。

英語ってかっこいいよな。ま、翻訳すると「その動物が本来食べてきたものを食べさせろ」という、我々からすれば「今さら何を言っているんだ、この愚か者ども」レベルの当然の話である。

数値という人間の都合より、我ら完璧な肉食動物の本能を尊重しよう—なんと画期的な!21世紀になってようやく人類が我々の足元にたどり着いたのだ。感動的ですらある(棒)

手作りという人間の降参宣言

そしてついに、賢明な下僕の一部は手作り食という選択?降参に至った。

完璧な栄養計算という人間の妄想を潔く放棄し、我々が野生で食していた食材の再現に専念している。よしよし、成長したな飼い主、いや下僕たちよ。

新鮮な生肉、内臓、骨。そう、それだよ。

添加物という人間の傲慢さも、保存料という怠惰の産物も一切なし。そして何より、基準値変更という茶番劇に付き合う必要がない。実にシンプルじゃないか。

「やっと気づいたか、愚かな下僕よ」—これが我々の感想である。気が付いたのなら肉をよこせ。

「面倒くさいから手作りでいいや」という人間なりの悟り

「計算とかクソくらえ、本能パクった方が楽」—人間のくせに奇跡的にマトモな結論だ。

毎日電卓と格闘して「科学的」な食事を作るより、我ら猫族の祖先が何万年もかけて完成させた食事システムを真似る方が理にかなっている。そして結果的に、人間にとっても一番楽なのである。実に皮肉なことだ。

人間の浅はかな研究が我々の完璧さに追いつくまで待つより、何万年の進化という最高傑作を参考にする—ようやく人間も学習したようだ。

その境地が「めんどくさいから、手作りでいいや」とは、ま、それも人間なりの悟りとして理解してやるか。

我々からすれば「ようやく分をわきまえたか」というところだが、まあ、進歩なのか降参なのかは知らんが、まぁ認めてやろう。

毎日電卓で脳みそ溶かして「科学的」な飯作るより、俺たち猫族が何万年もかけて磨いた神のレシピをパクる方が賢い。わかったなら、今すぐ肉をだせ。

猫族からの最終通告

結論:人間よ、我々に餌を与える際は、我々の完璧なシステムに学べ。お前たちの浅知恵で「改良」しようなど、おこがましいにも程がある。

我々は何万年何千万年もかけて究極の存在になった。お前たちはまだ数十年しか勉強していない。身の程を知れ。

これを読んだら肉をよこせ。おもいっきりジューシーなやつな。今すぐにだ。


注:手作り食を始める際は、猫の健康状態や個体差を考慮し、信頼できる獣医師と相談することをお勧めする。(もちろん、その獣医師も所詮は人間なので、我ら猫族ほど完璧ではないけどな)

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